第1056話 ■感じやすい女(5)
世間的には復旧の一日として木曜日は終わり、翌日の金曜日も会社は休みとなった。何とか土曜日には電車もライフラインもほぼ復旧した。多少の不便はあるものの、我が家族には復旧らしい作業は不要で、むしろ週明けからの方が何倍も大変だった。
久しぶりの会社では妻の地震予言のことで持ちきりだった。あれほど馬鹿にしていた同僚達も手の平を返したように詫びてくる。そんなとき携帯が鳴った。
「もし、もし、あなた。大変なの、今夜早く帰って来れる。いや、できたらすぐに帰ってきて欲しいの。私一人じゃ心細いの」
「どうしたんだ?。そんなにまで慌てて。何だよ、『すぐ帰って来いって』、まさかまた?」嫌な予感がしてたまらない。
「部長、来て早々で悪いんですが、本日早退します。いや、有休で良いです。急いで家に戻らなくてはならない用ができましたので」
「秀野君、どうしたんだ?。また奥さんの予言か?。大丈夫か?。地震がまた来るのか?。おい、ちょっと待ってくれ」誰もがざわついた。
「何か分かったら電話しますから」。自分だけでなく、周りの嫌な予感も引きずりつつも、家に戻ることにした。
マンションの入り口付近に黒塗りの車が止まっていた。急いで家の中に入ると、入り口に見慣れない靴があって、妻は既に大変な状態の最中だった。
「ご主人ですか?」見慣れない靴の持ち主は意外にもテレビで見たことのある男性だった。しかし実物を見るのは初めてだ。
こういう人も名刺を持っているんだなあ、と思いながら渡された名刺と相手の顔を見比べる。やっぱり本物だ。内閣官房長官と名刺に記されている。
「突然お邪魔して申し訳ございません。実は奥様から先日の地震の件でその数日前に官邸にメールを頂いておりました。今回の地震は地震予知連も予測できなかったものです。いや、実にすばらしい地震予知でした。そこで今日は奥様に地震予知連絡会のメンバーに是非加わっていただきたいと思いましてお話にうかがったわけです。誠に急で申し訳ございません」
「はあ、それはどうもありがとうございます。しかし、その連絡会は大学の教授や学者さん方の集まりではないですか?。妻はご覧の通り、何の肩書きもない専業主婦ですけど」
「いやいや、その学者や教授でも予測できないわけですから、困っています。肩書きなんか関係ありません。本当に地震予知ができる方を私たちは探しているわけです」
妻は満更でもなさそうだ。自分の能力が生かせ、世間の役に立つ仕事でもある。
その他いろいろな審議会や政府委員の中にも、大衆運動をしている例を除けば「主婦」という肩書きのメンバーは皆無らしい。本当の普通のおばさん、普通の主婦、しかも専業主婦が委員になるなんて前代未聞の話だ。「何故主婦が?」と言われるくらいなら、「感じやすい女」という肩書きの方が分かり易くて良いような気もするが、内閣官房長官を前にそんな話を切り出せるはずもなかった。
− 完 −
(もちろん、フィクション)
(秀)
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