第1377話 ■崇徳院

 まずは和歌の勉強から。
 「瀬を早み岩にせかるる滝川の われても末にあはむとぞ思ふ」
 口語訳は以下のようになる。
 「急流が岩に流れをさかれても、再び下流で一つになるように、あなたと私も今は仲を引き裂かれて会えなくても、将来は必ず会って一緒になりましょう」
 百人一首77番目、崇徳院(すとくいん)が詠んだ恋の歌である。高校時代に覚えさせられたはずだが、もはや全く覚えていない。

 落語にはストレートに落ちが分かるものと、ある程度の予備知識がないとさっぱり分からないものがある。これから解説する「崇徳院」と名付けられた噺は、まさに後者の例だ。ここ数日、ドラマ「ちりとてちん」にも登場してくる噺である。そもそもは上方落語なのらしいが、場所を江戸に置き換えた江戸落語を私は先日寄席で聞いた。

 ある商家の若旦那、作次郎がここ数日床に伏せている。食事も喉を通らず、医者の見立てでは若旦那の命はあと3日。若旦那は胸のうちを「熊さんにだけ話す」と言う。早速、若旦那の馴染みである熊五郎が店に呼ばれた。若旦那の話はこうである。20日ばかり前に上野清水堂の観音様(上方落語では高津神社という設定になっている)に参詣したときのこと。そのとき、茶店にお供を連れた、美しいどこかの娘さんがいた。席を立つ娘さんが袱紗を落としたので、それを拾ってやると、娘が木の枝に結んであった短冊を1つ取って若旦那に渡した。その短冊に書かれていたのは、「瀬を早み岩にせかるる滝川の」。上の句のみ。

 若旦那はこの歌の下の句「われても末にあはむとぞ思ふ」を思い出し、あの娘は「今は離れ離れになっていても、末には一緒になりましょう」と言ってくれていることに気付き、それから今までずっとその娘のことばかり思い詰めている。そして恋煩いでこうして床に伏している。「ああ、もう一度あの娘に会いたい」。大旦那はこのことを聞いて、熊にその娘を探してくれるように頼んだ。「ただでとは言わん。その娘が見つかったら、お前が今住んでいる三軒長屋をお前にやる」。「大家になれる」かと、俄然欲は出てきた熊だが、どこの誰だが分からず、手掛かりはあの歌のみ。それでも腰にわらじを十足ぶら下げられ、熊は江戸の街へと飛び出して行った。期限は3日。

 一日、二日と収穫なし。人が多いところで「瀬を早み~」と大きな声を出すと、何かの見世物かと思って、子供ばかりが集まってくる。三日目には熊のおかみさんが、「人の多い、湯屋や床屋へ行け」と言う。床屋に36軒、お湯屋に16軒回り、へとへとになって床屋で「瀬を早み~」と言いながら休んでいると、「大店のお嬢さんが恋患いで、その若旦那に上野で袱紗を拾ってもらい、別れ際に崇徳院様の歌の短冊を渡したが、どこの誰だか判らない。その若旦那を探している」と話す鳶の頭。「三軒長屋、三軒長屋、三軒長屋がここにいたか」、と熊があわてて相手の胸ぐらを掴むと相手も事情が分かったらしく、「お前が来い」、「いやお前こそ来い」と取っ組み合いの争いになって、床屋の商売道具の鏡を割ってしまった。「あ~、鏡が!」。「親方、心配はいらねえ。割れても末に買わんとぞ思う」。

(秀)