第146話 ■林檎哲学

 さっきから繰り返し、ビデオを見ている。タイトルは「性的ヒーリング」。主演女優は・・・、いやいや、そんなHなビデオではない。椎名林檎のプロモーションビデオを集めた、セルビデオのタイトルである。「ここでキスして。」などの五本が収録されているが、目的は新曲の「本能」である。ビデオを全シーン見たかったのだ。テレビでは十数秒しか見ることができないので、ビデオを買うことにした。茶髪看護婦がガラスにヒールで蹴りを入れる、スポットCMが流れているアレである。「本能」とはまた、たいそうなタイトルである。このほかにも「幸福論」、そして「歌舞伎町の女王」という曲も入っている。

 「本能」を中心に話をしよう。彼女の哲学はなかなか分かりにくい。言葉として理解するよりも雰囲気として共感すれば良いものかもしれないが、聞き取れない言葉もあるので歌詞カードを開いてみる。冒頭から「どうして歴史の上に言葉が生まれたのか」と何とも哲学的である。そしてサビの部分の歌詞は「もっと中迄入ってあたしの衝動を突き動かしてよ」と歌っている。結局のところ、「本能」と茶髪看護婦を結ぶ線は見えて来ない。増してやガラスを割り続ける理由はとうに分からなかった。しかし、あのテレビスポットは強烈だ、CD売上が好調なのもそのスポットの効果であろう。こうして、ビデオを買う奴も現れるわけだし。確かにこのビデオは発売日にもかかわらず、売り切れで入手できない状態が数日あった。

 茶髪看護婦の姿を何度か見ていると、妙にリアル感が迫って来る。きっとこんな看護婦さんがそこいらの病院に居そうなのである。そのうち、「松雪泰子に似ているなあ(松雪泰子の看護婦姿って似合うだろうな)」なんても思えて来た。そして、「性的ヒーリング」というタイトルとはうらはらに、サビの「もっと中迄入ってあたしの衝動を突き動かしてよ」という歌詞が頭の中でこだまし、悶々と眠りに落ちて行くのだった。