第233話 ■長い髪の少女
- 2000.03.31
- コラム
さて、10年前、当時の課長に連れていってもらった六本木の店は「ザ・ゴールデンカップス」という名前であった。その時のめあては和田静夫氏のギタープレイを拝むことであるため、特にこの店の名は気にしていなかった。早い時刻のため、客はまだ誰も入っていなかったが、しばらくしてライブ演奏の時刻となった。背筋を伸ばしての拝聴である。ダウンタウンブギウギバンドの頃に比べると彼も老けた感があったが、ギタープレイは素晴らしいものだった。数曲インストだけの曲が終わると、齢四十半ば過ぎのオヤジがマイクを持って現れ、アメリカンオールディーズの曲を歌い出した。課長が問い掛ける。「あの人、知ってるか?」。「いいえ知りません」。「デイブ平尾だよ」。それが誰なのか、このときはまだ分かっていない。
店の名前にもなっている、「ザ・ゴールデンカップス」というのは、グループサウンズの頃のグループであった。そしてデイブ平尾がカップスのボーカルでこの店のオーナーということだった。ブームの最後頃に現れ、実力派のグループと言われていたらしい。彼はステージの最後に「長い髪の少女」を歌った。これが彼らの代表曲である。グループ名も知らなかったが、この曲は聞いたことがあるような気がして来た。彼はこの日ご機嫌らしく、歌い終わると各テーブルを酌をしてまわり始めた。店の壁には当時のメンバーの写真が飾ってある。それを見て、衝撃を受けた。僕等の世代にはゴダイゴのミッキー吉野であるが、彼は以前カップスのメンバーだった。そして、もう一人の驚くべきメンバーは柳ジョージである。彼はベーシストとして参加していた。
ここで、「柳ジョージ」→「長い髪の少女」といった、2日連続のコラムはめでたく終了するはずであったが、調べものをしていたら、自分が大きなミスをしでかしていることに気がついた。カップスの代表曲である「長い髪の少女」は’68年のリリースであった。一方、柳ジョージがカップスに参加したのは’70年のことである。68年当時、彼は「パワーハウス」というバンドをやっていた。しかし、代表曲であるため、彼も「長い髪の少女」を演奏しただろう。良しとしておこう。
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