第270話 ■おもしろ文具

 文具用品にいろいろと仕掛けが付き始めたのは私が小学校にあがった頃からだろうと思う。筆箱にはダイヤルや磁石(何故か電子ロックと呼ばれていた)で鍵が掛かるようになり、「とびだす筆入れ」なるものでは、筆箱の中に仕掛けられたそのボタンを押すと、鉛筆が発射前のミサイルのごとく起き上がって来る。ふたを開ける度に音が鳴る筆箱にいたっては、「授業中には開けないで下さい」という、本末転倒な注意書が書かれていた。やがて筆入れは多機能化の道をたどり、両面開きに消しゴム専用のポケット、鉛筆削り付きなどとなり、ポケットの数と多機能性を競う時代となった。

 筆箱以外でもロケット鉛筆や先の芯を取り替えるだけで30種類近くの色が使える、色鉛筆なんてものも出て来た。私はみんなが持っていないものを買うのが楽しみだったりもした。その中でももっとも面白かったのは、「コンパスにもなるシャープペン」であろう。軸の上半分が2つに割れており、そこを開き、中に折り畳まれている針の方を開けばコンパスになるというものだった。この様なおもしろ文具は、一方では合理的でありながらも、総じて、あまり有用性のない無駄なものであることが多かったと思う。けど、それだから楽しかったのも事実である。スーパーカーや筋肉マンの消しゴムはこの最たるものであった。

 「象が踏んでもこわれない!」という、華々しいキャッチコピーのプラスティック製の「アーム筆入れ」という筆入れがあった。筆入れの裏側には象が筆入れを踏んでいる可愛いイラストがエンボス(凹凸)仕上げで描かれていた。持っていたのではっきり覚えている。テレビでは文字通り、象がその筆入れを踏んでも壊れない様子をCMとして流していた。それから数年経って、あるテレビ番組でそのときの象を探しに行く話があった。結構簡単にその象は見つかったが、その大きさは当時をはるかにしのいでいて、改めて当時のCMのフィルムを見ると、その姿はまだ子象であった。早速、大人(?)になったその象にもう一度筆箱を踏ませてみたが、今度は見事、バキバキと音を立てて壊れてしまった。

 このアーム筆箱は武田鉄矢も子供の頃に欲しかったというので、随分昔から販売されていたようだ。彼が母親にこの筆箱をねだると、母は「九州で象に筆箱の踏まるっごたっことはなか(九州で象に筆箱を踏まれるようなことはない)」と説得され、買っては貰えなかったらしい。