第311話 ■「こころ」を読む(1)

 巷では夏休みである。いつまでも終わることないような夏休みもやはり終わってしまうし、いつまでも終わることないような学生生活もやはり終わってしまった。今回は、本コラムの読者で高校生の人向けに(そんなのいるのかな?)読んだ気になって感想文が書ける方法を伝授しよう。題材は夏目漱石の「こころ」である。

 この話は全体が三部で構成され、教科書で紹介されているのはクライマックスの三部の部分である。そこでは先生の友人Kの自殺が描かれている。下宿のお嬢さんに恋した気持ちをKから聞かされ、先生はあせってしまう。そこで先生は下宿のおかみさんに「娘さんを下さい」とKに先んじて行動を起こす。そして、先生とお嬢さんが婚約をしたことを知ってKは自殺してしまう。「Kは先生を恨んでいたのだろうか?」というのが授業で取り上げる際のテーマとなる。いろいろと討論などもやってみるが、答は「どちらでもよい」、と私は思っている。漱石がどちらであるかを示しているわけでもないし、それ以上に人それぞれの感じ方だと思う。一方、「先生はずるい人か?」というテーマもある。ここでは紹介しきれないが、先生はKのためにいろいろと精神的な支えとなってきている。Kがこのことに感謝していたのは間違いない。

 冒頭のシーンでは私と先生の出会いが描かれている。ある日私が先生の家を訪ねると、先生は墓参りで留守であった。そこに出て来る奥さんが、三部で下宿のお嬢さんとして出て来る女性である。そして、墓参りとは同じく三部で出て来るKの墓であった。冒頭からこのような伏線が張られている。一部についてはこの程度を抑えておけば良いだろう。二部は私が田舎に戻ったときの話で全体のストーリーには影響がないように思えるが、もう一つの大事な伏線が隠されている。それは明治天皇の崩御とそれに合わせた乃木大将の殉死である。乃木将軍は日露戦争での失態により自害しようとするが、明治天皇に諫められ、生き長らえる。しかし、その天皇も亡くなったので自分が生き長らえる理由がなくなったとして妻と一緒に天皇の大葬の日に殉死した。