第556話 ■片思いの美学(1)

  ~ 厄年の女

 田舎にもこんな小洒落たバーが出来ていたのには驚いた。
 2年越し、いや出会った頃から数えれば10数年越しにやっとたどり着いたデート。同窓会の二次会に向かう一行から彼女と二人抜け出して、こうしてバーのカウンターに並んでいる。

 久しぶりに彼女と会ったのは去年の同窓会の時で、高校を卒業して以来のこと。声を掛けて来たのは彼女の方だった。
 「秀野君、久しぶり。ここ座っても良い?」
そんな感じで既に酔った彼女が私の隣の席に座った。タイミング良く、私の周りには誰もいない。

 「結婚しちゃうと何かみんな所帯じみて、ヤダヤダ。育児の話に亭主の悪口。だから、抜け出して来たの」。
 彼女の目線の先にはそんな女性達の輪ができていた。こんな酔った彼女の姿を見たのは初めてだ。高校の卒業以来会っていないのだから、酔った彼女を見るのが初めてなのは当然のことだが。

 「私達って今年32歳でしょう」。
 「うん、俺はもうなったけど」。
 「厄年なのよ、厄年。分かる?。去年から私の男運が悪いのはこのせいだと思うわけ。まったくもうー」。

 受付でもらった参加者の名簿を見ると、女性の多くは旧姓が括弧でくくられた形で表記されていたが、彼女の名前は昔のまま、「片桐恭子」であった。

 丙午生まれの女が人生最大の厄年を迎えた。そんな女性達が数十人規模でここに結集している。この負のエネルギーはいかばかりか?。

 「私、秀野君好きだったんだから」。
 この言葉を最後に、彼女はグラスを置いたまま、またふらりと女性達の集団の中に消えていってしまった。

− つづく −
(もちろん、フィクション)

(秀)