第57話 ■スイカ

 就職で上京してすぐのことなので、もう10年も前のことである。当時は二子新地(川崎市)にあった会社の独身寮に住んでいた。そんなある土曜日、部屋のドアを同期の友人がノックした。「これから彼女の家に行くけど、お前も一緒に来い」という誘いである。上京して間もないため、休日といっても行く宛もなく、ブラブラと過ごしていた。特に断る理由もないため、彼について行くことにした。行き先は三鷹。但しそれがどこなのか、どのくらい掛かるのかが分かるはずもない。

 彼女の家というのはアパートで、一人暮らしだった。部屋には友人の彼女とその友達(女性)がいた。狭い部屋にしばらくの間4人でいたが、その後、夕食の買い物に友人と彼女が出掛け、私は彼女の友人と2人で留守番をすることになった。留守番で残った彼女の友人は大学から東京に住んでいた。共通の話題もなく、話が弾むはずがない。歳は同じで彼女は農学部卒だった。その当時、バイオテクノロジーが流行り、農学部というイメージとはうらはらに女子学生も理工系の学部よりは多かったらしい。農学部ということなので、私はスイカの話をしてみた。「スイカに縞があるでしょう。それをずーっと中心にたどっていくとそこにタネがあるんだよ。知ってた。スイカを横に切って見るとよく分かるよ」と言った。相手はもちろんそんなことは知らない。ちょっと引いたかもしれない。

 夕食は部屋でホットプレートによる焼き肉だった。しばらく経って、彼女の友人が「私、もうそろそろ帰る」と言った。「それなら」と言って、彼女を送って行ってればお互いの人生が変わっていたかもしれない。けど、帰り道で迷子になってはいけないので、「バイバイ」と言って、私はテレビを見続けた。それからしばらくして、友人が「お前もそろそろ帰らないと電車なくなるぞ」と言ってきた。ショック。一緒に帰れるもんだと思っていた。「迷子になったら・・・」。2人を残して自分も部屋を出た。

 なんとか寮にたどり着いて、相部屋の同僚にその日のことを話してようやく友人の目的が分かった。彼氏募集中である彼女の友人に私を紹介しようとしたのではないか、というのである。なんと鈍いこと。互いの連絡先の教え合うでもなく、友人を通じて連絡があるでもなく、それっきりだった。