第588話 ■宿題

 宿題は家でやるものである。帰りの電車の中でやるものではない。宿題は前の晩にやるものである。朝、電車の中でやったり、昼休みにやるものではない。最近、日々のコラムのリリース時刻が遅れている。原因は至極私的なことで、ここで明らかにするのもはばかれるようなものなので控えるが、前夜にメルマガの配信をセットし、Webも更新しているときに比べると、ちょっと気分がすっきりしない。宿題を忘れた子供のような感じだ。

 「宿題を忘れる」というフレーズにも4つのパターンが存在する。1つ目は病気などの不可抗力により、宿題ができなかった場合。これは先生に許して貰える可能性が大きい。2つ目はやったけど、家に忘れてきた、というパターン。3つ目は確信犯的に宿題をやらずに「忘れました」というパターン。そして、4つ目が宿題が出ていたことすら忘れてしまっているパターン。「忘れる」にも種類があって、単に持ってくるのを忘れるのと、やること(宿題が出ていたこと)を忘れるのには大きな違いがある。確信犯でありながら、「やったけど、家に忘れてきました」なんて言う強者もいる。

 私も子供の頃には上記の4つ目のケースで忘れたことが何度かある。学校に着いて慌てて始めたり、友達に見せてもらって写したりもした。プリントのような場合は良いが、漢字の書き取りとなると、この手は使えない。ひたすら書くのみ。そう言えば、宿題係というのがいて、朝、宿題の答合わせをする時間というのがあった。普通は赤ペンで丸を付けたり、間違ったところの答を書いていくのだが、白紙のプリントに鉛筆で答を書き込みながら赤ペンで丸付けをする、更なる強者もいた(私ではない)。

 平日日刊であるため、日々のコラム執筆を忘れるようなことはない。頭の片隅にはいつも気に掛かっている。それでも忘れる(遅れる)のは確信犯なのだろう。遅れながらも、せっせと書く。こればかりは友達に見せてもらうわけにはいかないから。

(秀)