第616話 ■やきいもの季節

 「さおやー、さおだけー。さおやー、さおだけー」。こんな物干し竿売りの声を耳にすることがある。この抑揚というか、節回しというか、はたまたメロディとでも言うべきか、不思議と私が昔遠き田舎で聞いていたものと同じである。まさか、同じ人が竿竹を背負った軽自動車で日本全国を縦断しているわけでも無かろうが。

 ところで、あの軽自動車の竿屋で物干し竿を買う人がそうそういるのだろうか?。少なくとも消耗品ではないはず。平気で10年や20年は保つだろう。10年保つとして、確率的に考えれば、「今日、物干し竿を買わねば」という家は3650軒に1軒ということになる。人口にすると、1万人ぐらいか?。そんな町をぐるりと1日回って、ようやく1本か2本の物干し竿を売れる勘定になる。これでは数千円の売上にしかならないだろう。

 しかし、いざ物干し竿を買おうとすると大変である。普通の自家用車では積んで帰れない。かく言う我が家の物干しはどうしたかと、かつて家人に尋ねたことがある。結婚して最初に住んだ家の近くの商店街に日用雑貨屋があって、家人と義母が前後に抱えて歩いて持ち帰ったということだった。それから2回転居したが、引越トラックに積んで持ち回り、既に10余年使用している。けど、こんな感じで、近くに金物屋や日用雑貨屋がある人は少ないはず。読者諸氏は如何だろうか?。やはり移動販売へのニーズはあるのか?。

 そろそろ寒くなってきたので、竿竹売りの声を聞かなくなった。何かの本で読んだが、多くの竿竹売りは季節労働者で、冬場はやきいも屋をやっているらしい。もうじき町にやきいも売りの車が繰り出す頃だ。しかし、火をぼうぼうと焚いて走っているあの車を見ると、怖くなる。あの下にはガソリンが詰まっているわけだ。少なくともガソリンスタンドでの給油はできないはず。営業前に給油して、そして窯に火を入れているのだろうか?。消火器など積んであるのか?。危険物取扱資格がなくて、良いのだろうか?。疑問は尽きない。

 やきいも屋として冬場に1年分の大部分を稼いでいるので竿竹売りがさほど儲からなくても良いのだろうか?。しかし、見た感じ、やきいも屋もあまり儲かってはいないような気がする。だって、火の車だもん。失礼。お後が宜しいようで。

(秀)