第813話 ■近未来事件簿・住基ネット問題

 2002年8月からの「住民基本台帳ネットワーク」の実施は我々の記憶にも新しい。懸念されていた安全性への疑問は、実施から僅か3日後にハッカーによる攻撃を受け、その脆弱性が広く露呈してしまった。導入直後ということで、配置されていた技術員がこのハッキングに気が付き、被害は未然に防ぐことが出来たわけだが、逆に導入直後ということで、マスコミの取材も力が入っていたために、総務省もハッキングを受けた事実を隠すことが出来なかった。

 その直後に起こったのは各自治体のインターネットサーバの相次ぐダウン騒ぎだった。住基ネットに反対する団体が提案した「抗議の電子メール作戦」に便乗し、ウイルス付きのメールやスパムメールを各自治体に送りつける者が現れ、各役所でメールサーバやWebサーバがダウンした。住基ネットは役所内のLANやインターネットとは別の専用回線に接続されたネットワークであるため、これにより住基ネットに何らかの影響が出るわけではない、と総務省は盛んにアピールしている。しかし、新聞などのマスコミは敢えてそこまでの説明を行わず、各自治体でのサーバダウンの事実だけをただ淡々と連日伝えた。事実を知れば安心であるが、そのような技術的な話を多くの国民が理解することは実質困難で、それを利用し、マスコミも不安を煽る好材料として利用したに違いない。

 実質的な被害の最初は技術的なものではなく、制度・運用面でのものだった。この点は以前からも指摘されていたものである。市役所の職員がデータの一部を盗み出し、それを名簿業者に売り渡すという極めて単純なものだった。各役所に技術的な専門家がいるわけでなく、その管理も住基ネットの専用端末にはラベルシールでIDとパスワードが貼り付けられているようなお粗末ぶりである。この事件発覚を受けて行われた各地での一斉監査で、同様の手口によるデータ盗用の事実が明らかになっただけでも全国で他に3件見つかった。総務大臣はその責任を問われ更迭された。

 実施直前で住基ネットへの接続拒否を表明する自治体が出るなど、足並みが揃わなかったことに対し、政府は法律により接続を義務付けるようにした矢先の出来事であった。これに反対する団体は次の戦略として各地で裁判を起こした。個人的に住基ネットから自分のデータの削除を求める訴訟を集団で提訴し、その一方で「住基ネット基本法」自体の無効を求めた。総選挙も近い。住基ネット導入により「便利になった」などと、もはや誰も口にしていない。

(この話は2002年8月2日現在の未来物語形式によるフィクションです)

(秀)