第843話 ■初めてのラジカセ

 私が初めて自分専用のラジカセを手に入れたのは小学4年のときの誕生プレゼントで、既に働いていた長兄が私に買ってくれた。ラジカセを手にした小学生が最初にやることといったら何だろうか?。「自分の声を録音して聞いてみる?」。確かにそんな人も多いかと思うが、私の場合、録音した自分の声を聞いてみて、「ゲゲッ、変な声!!」という体験を既に済ませておいたので、それはしなかった。そこで私が初めてやったことはテレビからの歌の録音だった。この日は丁度日曜日で、「スター誕生」にゲストで出ていた森昌子の曲を録音した。曲名は「おばさん」だったような。何とも地味なラジカセデビューだった。この時代、日曜日は歌番組が多かったので、好き嫌いに関わらず、この日は次々に録音した。

 私の場合、テレビから録音するためのケーブルを最初から持っていたので、これを使ってテレビから歌謡曲やアニメの主題歌をいろいろと録音して楽しんだ。ところが、ほとんど時期を同じくしてラジカセを手にした近所の達ちゃんの場合はこのケーブルの存在すら知らず、テレビの前にラジカセを持って行って録音するといった、至ってピアでナチュラルな方法を採用していた。彼が録音したテープを聞くと、いきなりガチャガチャというノイジーな雰囲気の中、食器の当たる音が聞こえる。食事中だったらしい。そこに父親の怒声、妹の泣き声。それに「静かにして、今録音しているから(本当は地元の方言だが、それでは分からないので翻訳しておきました)」という悲しげな達ちゃんの声が入っていた。今となってはある意味、記録としては貴重かもしれない。

 テレビからの録音が一段落すると次はどうしたか?。それはミュージックテープを買う、だった。アニメの主題歌が録音されたカセットテープが楽器屋のワゴンセールで980円程度で売られていた。オムニバス(当時そんな言葉はもちろん知らないが)で一本のテープに十数曲入っている。本当は二千数百円ぐらいするのを確認し、得した気分で買って帰った。

 テープを聞いてびっくり!!。声が全く違う。歌っている人が違う。全然知らない、素人なのか何なのか分からない人が朗々と自分の持ち歌のように歌い上げていた。おまけに伴奏も安っぽい。テープ自体は聞き慣れたレコードメーカーのものに間違いない。ショックは相当であるが、このまま捨ててしまうわけにもいかず、辛抱して聞いているうちに、この変な歌手の歌がまだ純粋だった私の脳に深く刻みこまれてしまった。とりわけ、一休さんの主題歌「とんちんかんちん一休さん」が最もインパクトが強かった。もちろん、達ちゃんも「モーラ」(第831話)に続き、同じ罠にはまっていた。

(秀)