第888話 ■コンペ

 私の勤めている会社が来年の春に移転することになっており、今日はその新社屋での什器見学会というのに出掛けてきた。各部署から引越し担当が選ばれ、私もその一人だ。今日の午前と午後でつごう約100名の社員がこの会に参加しているようだ。

 まだ内装の工事が続けられている中、ヘルメットを被った作業員の横を通り抜け、集合場所の会議室に入る。既に什器の選択は終わっていて、それに対する説明や、それに納めるために既存の書類などを廃棄しろ、という説明会だとばっかり思っていたが、実は納入予定業者を呼んでのコンペ、プレゼンの会だという事が、会場に着いて初めて分かった。

 各アイテムごとにプレゼンに参加している各社から説明を受ける。国内の名だたる事務機器メーカーが呼ばれていた。毎年年明けから春に掛けて盛んに学習机の販売に力を入れる各社であるが、はやり商売の中心はこのようなオフィス向けの需要だと思う。もらったカタログに書かれている価格でなんか誰も買いやしない。聞くところによると、結構利幅は良いらしい。事務机、同椅子、会議室机、同椅子、キャビネット、パーテーション、などを順に見て、触れて、座ってみた。

 ちょっと座っただけで、椅子の良し悪しなんか分かるはずない。履いてサイズを合わせたつもりでも、わずか数十メートル歩いただけで痛くなる靴の例もあるし。いろいろと説明を聞くが、目移りしてしまうし、次第に疲れてきて、「どれを選んでも今より十分ましだから」、という気持ちになってくる。それでも私達はモニターとしてアンケートに答えなければならない。まあ、いつもの仕事よりは楽しい。私は商品そのものよりも営業マンの営業トークやプレゼンの技巧の方に次第に関心が移って行った。

 約2時間掛けた説明会だった。いずれが選ばれても私は文句はない。逆に私に意見を求められたところで、「自分はこれ!」と選んで(、他人もまたそれぞれ好きなものを選んで)、それが採用できるわけでもない。我々の中から、「どうせバーターなんだろうな」という声がひそひそと洩れる。当社の商品を買っていただく代わりに、御社の商品も買いましょう、というやつだ。それと最終的には価格で決まるのではないかと私は思っている。

 私達の回答したアンケートがどこまでその採用に影響を持つのか非常に疑わしい。少しでも価格を安くするための方法として、競合数社から見積りを取ったり、コンペをやらせるのは常套手段である。コンペをやる上では、「こちらも本気なんですよ」という態度を示すために、一部の人間よりも広くその評価者を募った方が相手に対するプレッシャーにもなる。結局我々は総務部のその筋書きに沿って、「その時間は仕事しなくて良いですよ」というお墨付きをギャラに、コンペのためのエキストラとして会場に呼ばれただけだったような気がしている。

(秀)