第2060話 ■「ポツンと一軒家」の手前

 旧臘初旬、静岡に嫁いだ姪の家を訪ねた。姪と言っても、私と長姉とは年が離れているので、私と姪は少々年の離れた兄妹くらいの年の差しかない。駅まで迎えに来てもらったが、そこから約50分、山に向かって車を走らせる。走り出してすぐに店がなくなり、しばらくすると山を登り始める。道は舗装されているものの、途中、車がすれ違えないような所を通り抜け、ようやく目的地に着いた。

 標高約400メートル超。周りの山のほとんどが自分の家の所有と聞いて驚いた。母屋は築百年以上の平屋建て。この地で十数代続く名家らしい。新聞は郵便配達の人が前日の夕刊と一緒に朝刊を昼頃に届けてくれる。光回線が届いていないので、インターネットはモバイルルーター。月末近くにはパケットが足りなくなる。アマゾンの配達はやってくる。そして田舎にありがちな家の外のトイレ。極めつけは、さらにちょっと奥の家が「ポツンと一軒家」に以前出たことがあるとのことだった。

 元納屋を改築した離れのゲストハウスに一泊し、翌朝に先方のお父さんに山を軽トラックで案内してもらった。車が1台ギリギリ通れる幅、ガードレールなしの道が続き、途中、野猿を目撃。主に林業、それにお茶としいたけなどが生業とのことだった。植林されている木のほとんどが杉の木、次いでヒノキ。その時期には花粉で山全体が霞んで見えるということを聞いて、急にせき込んでしまった。本当に一生掛かっても切り倒すことのできないほどの木が植林されている。ただ、輸入木材の影響で以前よりは難しい事業になっているとのことだった。

 間伐をしたり、切り倒した後に新たな苗木を植えて循環させていく。老木よりも成長を続ける若い木の方が光合成を活発に行うため、この循環は地球環境にやさしい行為だ。それこそ先代や先々代、あるいはもっと前に植えられた木を切り倒す一方で、子どもや孫の世代が切っていくであろう木のために植林や間伐を繰り返していく、世代を超えての果てしない営みに身震いする。

 三男一女、4人の子どもが居て、いずれものんびりとした感じの子どもたちだ。上は高校生、下は年中さん。帰ってから彼らに手紙を書いて、一往復の文通を行った。いずれ彼らの中からこの林業を継ぐ者が出るのかな?。憎きスギ花粉もちょっと許してやろうかな、という気になった。(う~ん、けど、たぶん春先になるとそれは無理かな~)

(秀)