第2071話 ■「なごり雪」の汽車、って?

 「汽車」って、小学校の低学年で、「気車」と書き間違いしない様にとの説明があったりした。「汽」とは、蒸気、水蒸気の意味。都会の鉄道のほとんどは電化されている。確かに観光目的などの蒸気機関車はあるし、それ以外はディーゼルカーということだろうが、こちらも電車ではないので、「汽車」という括りだと私は考えた。明らかな「電車」があって、それ以外は「汽車」という区分けだ。

 子どもの頃、母親の実家に行く際には、ディーゼルカーに乗っていたが、ディーゼルカーなんて語彙を知っているわけもなく、「汽車、汽車」と言っていた。「汽車」なんて、今では「貴社の記者が汽車で帰社した」という変換例ぐらいでしか見ることがないし、使わない。電化の状況や多くの人が利用する状況から「電車」という語彙の方が一般化して久しいはず。特に東京では。

 それなのに、この時期に思い出すあの歌。「なごり雪」の歌詞の冒頭に「汽車」という言葉が出てくる。しかもそこが東京であることが歌詞でわかる。この曲は’74年に発表され、翌年にイルカによってカバーされ、大ヒットとなった。しかし、この時期に東京に汽車が走っていたはずはない。

 確かに、この歌詞が電車では良くない。調べたところ、この曲の舞台は東京ではなく、この曲を作った伊勢正三が出身地の大分県津久見市の津久見駅をモチーフにしたと語っていたらしい。「なごり雪」では、東京を離れる女性を扱っているが、それが大分県の駅だとすると、その女性はどこに向けて旅立って行くというのか?。

 大分の駅なら、「汽車」という雰囲気もわからなくもない。ただ、津久見駅は日豊本線の駅だから、相当早いタイミングで電化されていたはずだと思う。場所も時期もリアルさを求めすぎると雰囲気が壊れてしまう一例。そっとしておいてやろう。

(秀)