第1052話 ■感じやすい女(1)

 「ねえ、ちょっと今揺れてない?」
 「えっ?」
 妻が声を掛けてきて、二人でじっと部屋の蛍光灯の紐を睨んだ。
 「揺れてないよ」。
 そう答えた途端に、食器棚の方からカタカタを小さな音がしてきた。かと思うと、下から一撃、ドカンと突き上げる感じの揺れが来て、それからグラグラとゆっくりしたリズムで自分の体も揺れ始めた。

 「いよいよ来たか?」と、覚悟はしているつもりだが、それは諦めでしかなかった。とりあえず、食器棚の扉を押さながら、避難場所を頭の中でトレースしてみる。「家にいるときだったのが、不幸中の幸いか?」。しかし、思った程の揺れでなく、やがておさまり、やれやれ。夫婦で顔を見合わせるやテレビで地震情報を探した。「震度4」。直接的な被害は周りで起きていないが、いつにない揺れでわたし達は動揺している。

 「非常袋、うちでも準備してあるのか?」
 「ええ」
 けど、中を確認してみると、乾パンは既に賞味期限を過ぎていた。

 この夜の地震体験以来、いろいろなことが起きる。寝ている間に何度も地震にあった夢を見るようになった。ドカンを突き上げを食らい、横に激しく揺れる。そして体が地面に沈んでいくような感じがして、そしていつもここで目が覚める。一日に何度かこの同じ夢で目が覚めてしまった日は朝から憂鬱でしかたがない。

 一方、妻も妻で、ここでは感じるはずもない遠方での地震でさえもその揺れを感じるようになった。次第にその距離は離れ、地球の裏側での地震でも感知できるようになったと本人は言っている。地球の裏側からはどんな形で揺れが伝わってくるのだろうか?。妻は「感じやすい女」になってしまったわけだ。最初はそのわずかの揺れも感じてしまうことに嫌悪感を持っていたが、次第にその能力が生かせないかと、彼女は余裕を持つまでになった。

– つづく –
(もちろん、フィクション)

(秀)