第1410話 ■蒲鉾屋

 大晦日の朝、玄関のチャイムが鳴る。宅配便だ。妻の母からの荷物が届いた。中には蒲鉾をはじめ若干の食料品が入っている。妻の実家は蒲鉾屋で、毎年年末にはこんな感じで蒲鉾が届くことになっている。正月の蒲鉾は買ったことがない。手前味噌だが、なかなかこの蒲鉾が旨い。紅白のちょっと上級の板付き蒲鉾なんか食ってしまうと他の蒲鉾なんか食べられなくなってしまう。

 会社に入った直後、年末にこれら蒲鉾を会社の皆さんに配っていたが、部長から「もらってばっかりでは申し訳ないから売れ!」と言われた。そして翌年の年末からは正月用の蒲鉾として注文販売をすることになった。にわか蒲鉾屋の若旦那である。最初は紙で注文を取っていたが、そのうち、私が管理している社内のイントラサーバで会社の許可などなく、見本写真も載せて勝手にネット販売を開始した。

 会社の最終日にクール宅急便で会社に届くので、それを仕分けして納品し、代金を回収する。最初は付き合いで買ってくれる人も、翌年からはリピーターになってくれて結構な繁盛を見せた。しかも安い。家族や親戚に喜ばれたりもするらしい。しかしイントラサーバで勝手なことをすることがやばくなってきたので、数年前にこの社内蒲鉾販売は終了した。

 妻の実家では父親が亡くなっていて、そのときから蒲鉾の製造は行っていない。現在は義母の実家の蒲鉾屋で製造したものを義母が給食センターや食堂といった顧客に卸して回っている毎日で、店はあるものの、いつもシャッターが降りた状態である。ただ、年末の3日間程度は店を開け、正月用の蒲鉾の小売をしている。

 義母の実家である製造元の蒲鉾屋は既に作る人々が老齢化し、後継者不足が問題となっている。義母も世間的にはリタイヤしている年齢でもあるので、あと数年で蒲鉾屋は廃業することになるだろう。年末年始を迎えるたびに、「この蒲鉾、いつまで食べられるかな?」という気持ちになる。私が後継者になる可能性はない。

(秀)