第1475話 ■よしだ文庫
- 2008.04.08
- コラム
私が小学4年生の時、実家の2軒先の吉田さんの家が、「よしだ文庫」なる私設図書館を開設した。家の離れを使って、十畳ほどの和室に子供向けの本を中心に個人の蔵書を並べ、閲覧と貸出を始めた。このおばさんは元学校の先生で、子供好きであることと、自分の子供(3人いた)向けの本が相当あったことなどが、開設のきっかけだろう。
毎日通るその家の表に、よしだ文庫開設の予告の貼り紙が貼られ、それを見た私は、そのスタート当日、近所の友達2人と開設時刻に行ってみた。一番乗りだった。毎週木曜日の3時から5時にやっていて、一人2冊までの本を2週間まで借りることができた。
別に当時本が好きだったわけでなく、図書館に行けばもっと多くの本を手にすることができたであろうが、私はこの近所にできた隠れ家的空間が好きで、毎週のように通った。そして毎週2冊の本を借りて、多少なりとも活字に興味を持つようになった。ところが私設図書館の悲しいところで、公的な予算などがあるわけでもなく、蔵書がそれほど増えるものではない。利用者が自分の蔵書を提供するなどして増えるしかない。それも小さな子用の児童書が多かったと思う。
子供心にもっとこのよしだ文庫がメジャーになれば良いと思っていた。そんな話をおばさんにしてみたことがあるが、「今ぐらいがちょうど良い」という感じの返事だった。確かに多くの知らない人が現れ、自分のテリトリーが荒らされるのも困る。けど、メジャーになって欲しい気持ちも相変わらず残っていた。
それからずいぶん経って、よしだ文庫のことが地元の新聞に小さな記事として取り上げられた。おばさんがいつもの和室に座って笑っている写真付きで。記事の中でおばさんは「最初は人が来てくれるか心配だったけど、開けた途端に来てくれた」と語ってくれた。私たちのことだと思う。私はこのことが当時とても嬉しかった。
新聞記事が出たからといって、急に利用者が増えるようなこともなく、いつもと変わらぬ状況だったが、やがて私も通わなくなり、吉田さんの家も道路拡張にともない建て替えられて、よしだ文庫は閉館してしまったと思う。
(秀)
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