第1488話 ■聖火リレーの馬鹿らしさ

 今朝から長野での聖火リレーが始まり、その様子をテレビで見た。早朝からの中国陣営とチベット支持層との小競り合い。それにリレーが始まると、やっぱりと言うか、走者を妨害する事件が起きて、現時点でも3人が逮捕されているらしい。見ていて非常に馬鹿げているとしか思えない。

 聖火と仰々しい呼ばれ方をしているが、高々火でしかない。そこに何らかの価値を与えようとなると、それは宗教的な側面を帯びてしまう。それをあれだけの厳戒態勢の空港に持ってきて、それを掲げて走る。それにどれだけの価値があると言うのだ?。

 それ以上に、あの聖火レースを妨害しようとする人々の考えが全く分からない。中国政府のチベットへの弾圧がオリンピックを契機としているわけではない。チベットの自由と北京オリンピックは全く別の問題だ。仮に聖火レースが妨害を受け、聖火を奪われたり、聖火レースができなくなってしまえば、チベットに自由は訪れるのか?。聖火レースができなかったところで、オリンピックの開催には影響ないだろう。もし、北京オリンピックが開催できなくなったら、チベットに自由はもたらされると言うのか?。そんなことも全くない。

 まるで暴力で大学や山荘を占拠すれば社会に変革がもたらされるかのような、かつての左翼運動の誤謬と同じ考えのように思える。まあ、妨害に屈折して、中国政府がチベットと対話をもって、弾圧が緩和されるとの見通しかもしれないが、各国を巻き込むことの正統性などない。主張が正しくても、チベット支持層のやり方には全く賛同できない。そして聖火なんか、所詮は単なる火でしかない。

(秀)