第1781話 ■俺はまだ本気出してないだけ

 漫画のタイトルである。このタイトルが話題になったのは不定期で開催している、同じ高校の4人が集まって飲む、同窓飲み会の席だったはず。かれこれ、3年ほど前のことだと思う。ただその時は「そんな漫画があるんだ」、程度しか反応せず、それ以上気にすることはなかった。それが最近聞いた春風亭百栄師匠の落語CDのマクラで、この漫画のことを取り上げていて、急に読みたくなり、早速その第1巻を手にした。百栄師匠はこの漫画の主人公をある意味、ヒーローだと言っている。

 主人公の大黒シゲオは40歳を過ぎ、これまでの会社勤めに疑問を感じて会社を辞め、自分探しをしている。15年勤めての係長の座も捨て、フリーターとなった。そして彼が見つけ出したやりたいことは、漫画家になることだった。別にその素養があった訳ではなく、今の自分の生き様を描いて、その立場に共感してくれる読者に向けて漫画を描くことにした。しかし描き上げた作品はいずれもボツ。まあ、それが現実というものだろう。

 シゲオは生活のためにファーストフード店で働いている。「店長」と呼ばれているが、それはあだ名であって、実際は店長の2ランク下のサブリーダーでしかない。同じように、近所の子供達の野球チームでは「監督」というあだ名で呼ばれている。父親と高校生の娘との3人暮らし。体型は中年太りで、無精髭。坊主頭にメガネを掛けている。「こいつ、いつになったら本気だすんだよ!」、と思いながら読んでみるが、所詮その本気も大したものではなさそうな気がしてならない。

 人生、どんな状態が幸せかは人それぞれである。一般的に見れば、悲哀に満ちたシゲオの生活ぶりだが、本人はそれを不幸とは感じてはいないようだ。価値観の違いでしかない。ただ、日々自分のあるべき姿と現実との間の中で悩んでいる。不惑と言われる40歳を過ぎてからも、迷わなくなることなどなく、日々迷ってばかりの連続だ。むしろ普通なら後戻りできない立場になってしまっていて、大胆な対応も取れない。表に出すか出さぬか、その程度の差こそあれ、中年は誰もが同じように感じているのではなかろうか。

 若い人が見れば、ダメなおっさんの漫画でしかなくても、同年代としてはそれだけで笑い飛ばせる内容でもない。芝居や小説、お笑いなどでの成功を夢見て日々もがいている人は多いだろうし、その一方で、夢を追い駆けることすら出来なくなった、さらに多くの人々が存在することも事実だ。

 ニートやフリーターの問題は何も若者だけの問題ではない。たまたま定職を持って働いているが、誰もが日々少なからずの不満を持って生きている。この漫画のタイトルや主人公の生き方を鼻で笑うのは容易いが、そのどちらの立場が幸せであるかの正解はない。彼を笑う前に、「自分は本気出しているか?」を自問して生きていることが重要であると思い知らされた。続きが読みたい。

(秀)