第1840話 ■男はつらいよ 第42作

 在りし日の渥美清氏を一度だけ見掛けたことがある。平成元年の年末の帰省時に羽田空港から福岡空港行きの飛行機に乗り込むタイミングで見掛け、同じ飛行機で福岡まで行った。別に寅さんの格好をしていたわけではないが、周りとはちょっと違ったオーラを発していた。ジージャンにジーパンといういでたちで、当時の彼の年齢は60歳を過ぎたところ。普通の60歳はジージャンなどそうそう着るものではない。第42作公開へのプロモーションか、第43作の撮影準備かわからないが、この時期の寅さん映画は九州を舞台としていた。

 平成元年の年末には「男はつらいよ 第42作 僕の伯父さん」が公開されている。私はこの作品がある意味、この寅さん映画シリーズの転換点だったと思う。この作品から連続で後藤久美子がマドンナとして出演し、寅さんの甥っ子である満男(吉岡秀隆)が恋の主人公となって、寅さんは脇を固めるポジションにシフトしている。動員の面から見れば、これを機に200万人という規模を維持している(但し、最終48作目は除く)。年齢なのか、病気のせいなのか、寅さんはかつてのような動きの良い感じではなくなった。

 しかし、満男の不器用な恋愛がこれまた良い。満男は大学受験に失敗して浪人の身。転校していった後輩の泉ちゃん(後藤久美子)のことが気になって、彼女を励まそうと、彼女が住む佐賀まで、オートバイで駆けつける。彼女が住むのは叔母(檀ふみ)の家で、両親(寺尾聡、夏木マリ)は離婚に向けて調整中という複雑な環境にある。たまたま寅さんもいつもの啖呵売で佐賀に来ている。ちょうど、佐賀では「日峯さん(当コラム、前話参照)」の祭りの最中だ。その当時の日峯さんの様子、周りの街の様子が分かる映像として、このシーンは地元民には嬉しい映像である。

 さて、突然訪ねてきた満男に泉の叔父(尾藤イサオ)はあまり良い顔をしない。高校教師という立場からか、むしろ非常識だとなじる。それに対して寅さんは次のように、やり返す。「慣れない土地に来て、寂しい思いをしているお嬢さんを慰めようと、両親にも内緒ではるばるオートバイでやってきた満男を、私はむしろよくやったと褒めてやりたいと思います」。この伯父にして、この甥あり。

 私は48作の全てを見たわけではないけれど、この第42作目は私のお気に入りの1つである。

(秀)