第302話 ■チャルメラ

 夕べは珍しく、ラーメン屋の屋台(自動車)がうちのすぐそばまでやって来た。遠くからチャルメラの音がテープのノイズとともに近づいて来るが、どうも音がおかしい。「ちゃららーちゃら」とここまでは良い。ところが後半の「ちゃらちゃらららー」の音が妙に短い。「せっかちなラーメン屋だなあ」。生音を録音したのではなく、シンセサイザーなどでサンプリングして作ったかのような音にも思えて来る。

 チャルメラと言えば、小学校のときにリコーダーでこれをまねるのが流行った。ついでにリコーダーと言って思い出すのは、蛇使いのまねである。もっと具体的に言うならば「東京コミックショー」のまねである。「レッドスネーク、カモン」、「はい、握手、握手」。単純だが面白かったなあ。

 話を戻そう。移動式の屋台(自動車)となるとなかなか声を掛けるタイミングが難しい。音はすれども、あっと言う間にその姿が見えなくなるラーメン屋台のことを私と兄は「忍者ラーメン」と呼んでいた。窓を開けて、「あのあたり」と予測を付けて、チャルメラの音が次第に大きくなって来るのを祈るしかない。運が悪ければ屋台はあっちに行ってしまう。器はどうなのだろうか?。田舎の実家にいた頃は、自分の家から丼を持って行って、持ち帰るスタイルだった。二階の窓からラーメン屋を呼び止め、台所で丼を探す。表に出た頃には麺がちょうど茹で上がっている頃合である。この間、車は止まったままテープからはエンドレスにチャルメラの音が流れている。いつまでもチャルメラの音が動かないことに気が付いて、隣のおじさんが家から出て来た。