第482話 ■チョキの会(仮称)

 正式名称が分からないし、正式名称など存在しないかもしれないので、仮称扱いとして「チョキの会」と呼ぶことにしよう。酒の席で、その話を始めたのは元上司であるが、彼がそもそもの発起人であるかどうかも分からない。「他人への恨みが残ったまま死ぬ時は、手はチョキの形で死ね」、というものである。

 会員が死んだ際には、まず遺族に「死んだ時の手の形はどんな形でしたか?。チョキでしたか?」と確認し、もしチョキだった場合は、故人の恨み事を書き記した遺言状なりメモ書きなりを探し出し、残った会員が故人の遺志を継ぎ、代わって恨みを晴らしてやらなければならない。まず、恨み事がある者はそれを書き残しておかねばならず、死ぬ時はチョキというルールである。

 ふつうだったら、そのときの手はグーやパーなのらしいが、そこを敢えてチョキにして、会員へのメッセージを送るのである。遺族はピースマークあるいはVサインで死んで、故人が幸せなまま臨終を迎えたと思っているかもしれないが、実はその逆だったのである。チョキもできるだけ分かり易い形で、できれば両手が望ましい。一つ注意しなくてはならないこととして、伸ばすべき指は人差し指と中指で、親指と人差し指を用いた、いわゆる「田舎チョキ」は無効とされている。

 臨終の機には何も思い残すことなく、ましてや他人への恨み事などないままに死んで行きたいと思いながらも、ファイナルジョークとして、後に残った者達を笑わしてやりたいという複雑な思いが頭の中を駆け巡る。その瞬間ともなると、きっと葛藤があるだろう。ボケてさえいなければ。

(秀)