第537話 ■鎧

 駅にたどり着いた時点で、既に汗が流れている。風が抜けないので、ホームには熱がこもっている。電車の中が幾分涼しいが、人、人、人、に潰される。通勤に一層厳しい季節が今年もまたやって来た。まだ6月というのにここ連日の暑さは尋常でない。

 今日も鎧を着て、混んだ電車に吸い込まれて行く。スーツはビジネスマンの鎧だ。ネクタイも戦闘服の名残だと聞く。半袖シャツで鎧を着ていない人の姿も多い。しかし、ネクタイは締めている。

 暑いのに上着、暑いのに長袖。全く理不尽だが、それがビジネスの作法なのらしい。私はそういう気はないが、「相手に失礼だ」というため、自分だけや自分の会社だけの判断で勝手に変えることはできない。できればこの季節には、小泉総理に半袖シャツ姿で執務を行ってもらい、その姿をテレビなどで流して、この慣習を一掃してもらいたい。サマータイム制導入以上の省エネ効果や活力が生まれたりして。

 鎧を着て、あるいは鎧を手に持ち、今日も男達は戦場に向かう。今日も暑くなりそうだ。うかうかしていると、軽装な女性のミュールに足を踏まれそうになってしまう。

(秀)