第624話 ■応答せよ、応答せよ!

 トランシーバーはかつて男の子が欲しいおもちゃには必ずと言っていいほどランキングされていた。値段はだいたい5,000円くらいからで、誕生日やクリスマスのプレゼント(と言っても結構贅沢)、もしくはお年玉で買うもので、おもちゃ屋ではその高価さゆえ、ガラスケースにしまわれていた。このおもちゃの特徴として、誰もが持っていてもあまり意味がないというのがある。他機種との相互通信ができないからだ。

 玩具として販売されているトランシーバーは2コ一組というのがほとんどである。それに送話口と受話口は共通でスピーカーが付いている。「ザー」っというノイズとともに相手の声が聞こえる。途端にトランシーバーを耳にあてる。「—-、どうぞ」。「了解!」。話す時は横のボタンを押して話す。半二重通信(もちろん、その当時はそんな言葉は知らない)だからしょうがない。工事現場の側を片側ずつ車が通っているようなものだ。相互に切替えないとお互いの話が聞こえない。よって、伝文の最後には「どうぞ」、と言わなければならないし、聞き取った側もその旨返信するし、返信が長くなる場合は「どうぞ」で締めくくる。送話口が独立したマイクロフォンになっているのもあるが、それはその分高価で、音はクリアになる。しかし、半二重通信であるのは変わらない。

 通信料金は掛からないが、唯一気になるのは電池のこと。ほとんどが9ボルトの角電池で、これは他の電池より高額である。まだ電池が残っているかを確認するために両電極を舌で舐めて、そのビリリ感の具合で残量を確認したりしたものだ。そろそろこのおもちゃに飽きて来るのと、電池が切れるタイミングが重なってしまうと、次第に遊ばなくなって、ほこりをかぶってしまう運命へと辿り着く。

 トランシーバーの魅力の源泉は見えないところの相手の声が聞こえること。しかも、移動しながらという付加価値が付く。今となっては携帯電話と比べるとまさにおもちゃでしかない。しかし、その不完全さと接続先が限定されるところに、仲間意識と言うか、秘密の匂いが隠れている。混線して、タクシー無線がしばしば入る。秘密を一つまた盗み聞きした複雑な気持ちとともに、ノイズの向こうから友達の声がする。「応答せよ、応答せよ、どうぞ」。私も読者からの返信を待っている。「応答せよ!」。

(秀)