第745話 ■狂言師

 最近の芸能ネタで私が注目しているのは和泉元彌ネタである。何かチヤホヤされて彼の母親までも「笑っていいとも」のレギュラーで出演するに至っているが、マスコミにいじられているだけで、かつての野村サッチ—を思いだす。ものまね番組でダチョウ倶楽部の上島竜兵がまねをするのも共通している。今度はセッチーというらしい。世間的には好まれるキャラクタ—ではないはずなのにチヤホヤしているのはいつかスキャンダルネタを提供していることへの期待感からだろうか。

 本人にも次々とスキャンダラスな事件が起きている(と言うか起こしている)。小さなところではドタキャンに遅刻。この報道のやり方に和泉ファミリーが置かれている立場と言うか、彼らをいじってやろう(もっと露骨に言うなら「叩いてやろう」)というマスコミの意図が見え隠れする。こんなことでも報道のしかた如何によっては世間大衆に「和泉元彌は悪い人」という印象を植えつける事なんか造作もない。普通はこの程度のことが芸能ネタになるのは珍しい。事務所の怖さがないからか。

 そしてスキャンダルの最たるものは和泉流宗家継承問題だろう。狂言界のことは伝統という名で俗世から隔離され、その詳細は当事者以外には分かりにくい。彼が言う「世襲」がどれほど伝統として認められている世界なのか私にも分からない。テレビである人が「父親が横綱だったからといって、それだけで息子も横綱というわけではない」と暗に彼を批判していたが、完全実力の世界の相撲と、その多くが世襲により続いてきたような伝統芸能を一緒にして論じるのは極めて乱暴としか言い様がない。

 早すぎる父親の死で急に若くして宗家を継ぐことになった。母親の意向も相当強かったことだろう。それはいつものマザコン振りを見るまでもなく分かる。一つは若すぎる宗家継承への不満、しかも芸もまだ未熟であるにもかかわらず、宗家の長男というだけで宗家を継承することへの嫉妬。そしてもう一つは彼の母親への批判。きっと無理クリ息子を宗家にするためにあのキャラクターで一門内や狂言界に多くの敵を作ったことだろう。

 できれば母親ではなく、本人からいろいろと説明をするべきだろうが、でしゃばりの母親のせいでこの部分での彼の存在感は薄い。しかし彼が何と説明をしようと私は彼の言うことは信じない。だって彼は狂言師だから。

(秀)

「無理クリ」について
上記文中の「無理クリ」について、「無理矢理」の間違いでは?、との指摘を受けましたので、説明いたします。
まず、タイプミスではありません。漢字をあてるとする「無理繰り」でしょうか。
無理矢理と違う点は無理矢理が譲歩なしに押し進める感じがあるのに対し、無理繰りというのはいろいろと場合によっては策を変えながらも最終的には実を勝ち取るという雰囲気の言葉として使いました。
但し、広辞苑(第4版)にも載っていませんでした。
会話の言葉として、私の周りでしか使われていない言葉かもしれません。