第852話 ■ウェルズからの招待状(2)

 時間をちょっと戻さなければならない。例のクレオパトラが現れる半年ほど前だろうか。アメリカで1冊の本が出版されている。「ウェルズからの招待状」というタイトルの本だが、ほとんどこの本のことを知る人はいなかった。著者はハーバート・ジョージ・ウェルズ。H・G・ウェルズと言った方が分かりやすいかもしれない。かの小説「タイムマシン」で一世を風靡した、SF作家と同じ名前である。

 H・G・ウェルズの未発表原稿かと思いきや、むしろそれを否定するようなものばかりである。ある日原稿がこの出版社に送られてきた。差出人はもちろんH・G・ウェルズ。原稿を読んでみると、確かにウェルズの作品にテイストが非常に似ている。しかし、文章中に現れる未来の記述があまりにもリアルで、到底ウェルズが書いたものとは思えない。きっとウェルズの名を語る覆面作家が書いたに違いない。とりあえず話自体は面白いので本にはしてみたが、そう簡単に売れるものではなかった。

 その本に実はクレオパトラが再来するところが出てくる。まあ、そこまでは許そう。H・G・ウェルズよりも前の時代の人だから、それを小説に書くことはできる。しかし、彼の死後に登場したプレスリーやマリリンモンローの再来までもこの本には書き記してあるところが、H・G・ウェルズ自身の執筆による未発表原稿ではないと断定される理由であった。

 しかし、クレオパトラに続いて、プレスリーやマリリンモンローの再来まで予言していたこの本はたちまち売れ始め、各言語にも翻訳され、世界的なベストセラーとなった。次に何が書かれているか?、次に何が起きるのか?、彼らは本当にクローン人間なのか?、と多くの人々の関心を集めた。この本の出版社もマスコミも本当のこの本の作家を探し出した。ウェルズの子孫達に取材が向けられるが、彼らにも詳しい事情は分からない。偽者も現れた。いや、名乗り出た全てが偽者である可能性も否定できない。印税は宙に浮いたままである。

 この本の冒頭部分を紹介しておこう。
 「親愛なる21世紀に住む皆さん。物語は既にはじまっています」。

<つづく>

– – この話はフィクションです。- –

(秀)