第894話 ■査察団がやってくる

 私が勤めている会社は別にバクダットにあるわけでなく、東京都港区にある。別に軍需関連産業でもない。なのに社内はここ数日、査察問題で大騒ぎだ。来春の本社移転を前に書類削減運動が繰り広げられているが、なかなかその成果が目に見えない。「まだ先のこと」という意識がまだ根強いのだろう。そこで書類削減運動の事務局は「査察」という手段に出てきた。

 その査察はこの土曜日に休日にも関わらず、担当者が社内を巡回してまわるらしい。「机の上、下から書類等を一掃すること」とのお達しである。それが全社員に対して電子メールで通達された。まず私の場合、机の下に約60センチの幅で書類のバインダーがある。それに机の上の本立てには40センチほどの書類やカタログ類。もちろん机の上に平積みとなったままの資料も10センチほどある。ざっと事務机の引き出し2段分になる。目的はこの資料を上手く既存の収納設備に押し込むことではなく、それに見合った分、資料を捨てることである。よって、壁にある書類庫のキャビネットや引出しの中をひっくり返し、古いものからばっさり捨てた。

 「ナレムコの統計調査」というのがある。「事務員が見る文書の99%が1年以内に作成・取得したもの。また90%が半年以内のもの」、という調査結果である。これはドキュメントを効率良く、論理的に管理する手法のファイリングデザインという資格では頻出の用語だ。5年以上も前の書類も出てくる。資料を見ると迷うので、古いものは片っ端から捨てた。「ナレムコ、ナレムコ」とお題目を唱えながら。私はこれで2日にわたって、つごう2時間をこの作業に割り当てた。

 やらされている現場側の反応はすこぶる良くない。面倒だし、ましてや月末だ。それでもしぶしぶ作業を始めようとする同僚達を前に、私はひとまず先に作業を概ね完了した。机の上も綺麗に片付いたところで、気持ちよく仕事するか、と思ったまではいいが、いざ作業を始めると勝手が違う。これまで机の上に平積みしていた書類は比較的すぐに取り出すべき書類達であった。電話が掛かってきて資料を取り出そうにもどこにしまったか、すぐに取り出せない。しばらくはどこにその書類をしまったか、体が自然に反応するまで、仕事の効率が落ちてしまうだろう。それとも、我慢できなくなって、また机の上に書類の山を築くのか。おそらく後者だな、きっと。

(秀)