第905話 ■お見合い道場(5)

 さっきの番頭男の一人がある箱を持って現れた。おとぎ話の本で挿絵として見た、浦島太郎の玉手箱のような漆塗りのたいそう立派な箱だ。うやうやしく、その箱を番頭男は師範に差し出す。師範が箱に深々とお辞儀をしてからその蓋を開けると、中にはもう一つ桐の箱があり、その中には袱紗があった。

 師範はおごそかに袱紗を箱から取り出し、さらに袱紗を開いて中にあるものを取り出した。
 「これはこの道場に代々伝わる、『赤糸眼鏡』です」。
 何だか展開がキテレツ大百科みたいになってきた。この道場の創始者は奇天烈斎様か。おまけにその眼鏡を付けた師範の顔はまるで仮面の忍者だ。いや、女王様だ。この眼鏡を掛けると、例の赤い糸とやらが見えるらしい。

 「さあ、ちょっとこちらにいらして、手をよーく私に見せてください」
 言われるままにそうした。すると師範は、何度も瞬きし、眼鏡を付けたり外したりした。やがて、
 「田所さん、申し訳ございません。スペシャルコースの件はなかったことにしてください。料金の方も結構です。たまにこういうこともあると聞いてはおりましたが…」。
 その後目が合うと、申し訳なさそうに、その眼鏡を私に差し出し、目で私に合図をした。私はその眼鏡を恐る恐る掛けて、自分の両手を見てみた。左手の小指に確かに赤い紐状のものは見えた。しかし、それは小指に絡まったまま、ぷつんと切れていた。顔を上げて師範の方を見ると、彼女は私の方に左の手の平を向けていた。確かに赤い紐状のものがその指から真っ直ぐ襖の方に伸びていた。左の方を向くと、先程の3人の女性の左手からも赤い紐状のものが伸びているが見えた。例の番頭男の手からも。

 もう一度自分の手を見てみた。この眼鏡で「赤い糸」が(実際は糸ではなく、紐のようで、思ったよりも太かった)見えると言うのはどうやら間違いではないようだ。しかし、自分の左手の小指に絡まった赤い紐は、ぷつんと切れたまま。これが私が独身でありつづける原因なのか?。ところで、この画はいつか見たことがある。そうだ、小さいとき、幼なじみの恵美ちゃんとあやとりをしていて、紐が切れたことがあった。赤い紐、それは赤い毛糸で、それが私の小指に絡まった。そのとき私と恵美ちゃんは顔を見合わせて、噴出すように笑った。

 恵美ちゃんのことが急に気になってきた。道場を早々に後にして、道場の門を出るや携帯で実家に電話を掛けると、恵美ちゃんは独身のまま、今も実家の近所に住んでいることが分かった。私はこれが運命であるかを確かめるために、そのまま田舎に帰ることにした。切れたままのあの毛糸が今も恵美ちゃんの小指に絡まったままであるような気がしてならない。

<完>

– – この話はフィクションです。- –

(秀)