第909話 ■蛸の足食い

 駅から家までの帰り道の途中にたこ焼き屋が一軒ある。できてから約半年といったところか。「味自慢」などと看板を出し、「まずかったら返金」を謳うところから、相当美味いのか?、と思うが、通りかかったときに店に客がいたのを見たことはほとんどない。一時期、「パート・アルバイト募集」とこの店先に貼り出されていた。作業内容は「仕込み」。蛸を切ったり、キャベツを刻んだりするのだろうか。しかし、仕込みを素人に任せるような味自慢の店など信用できない。

 私も一度だけ、この店のたこ焼きを買って食べたことがある。味はまあまあ。中の上といったところか。但し、玉が小さく、中がすかすかで、ボリューム感では不満がある。週に何度でも買って食べたいとか、遠くから買いに来るほど(実際はそれほど遠くないが、寒い中出掛けるのは嫌な距離)だとか、行列に並んでまで買う(実際に行列はできていない)ほどのものではないと、判定した。

 それよりも何より、私が許せないのは通常350円のこのたこ焼きを、車で信号待ちの人に限り、200円で販売しているのだ。確かにこの店は、ちょっとした交差点の角近くにあり、赤信号に掛かれば、1分そこいら信号待ちするポイントである。信号待ちの車に次々と、まるで観光地の土産物売りのように、保温ボックスを提げた店員が声を掛けている。安く売ることは店の勝手であるが、歩きや自転車などで店にやってきて、350円で買っているお客さんにあまりにも失礼ではないか。

 マクドナルドで「ちょっと冷めてますけど、こっちは半額です」って、ハンバーガーの売り方をしてたら、テイクアウトの客は「どうせ冷めてしまうんだから」とそっちばっかりを買うだろう。また、正規の値段で買わされる客が黙ってはいないだろう。例えもったいないと言われようとも、時間が経ったものは廃棄することで価格と信用が維持できているのだ。「売り切れ」というリスクとのバランスで値引きを待っている、夕方のスーパーの惣菜や刺身とはわけが違う。

 はたして信号待ちの車に対して値引き販売されているたこ焼きが、時間の経ったものかどうだかは分からない。また、値引きをしてでも新規顧客を獲得するための方策というのかも知れない。ならば、信号待ちの車の客以外にも同じく200円で販売するのが筋だろう。そして、リピーターを大事にしない、こんな商売のやり方は蛸が自分の足を食っているのと同じだ。

 例の「車で信号待ちの人に限り200円」というのは店頭に看板が出ている。それを見てから、会社からの帰り道に立ち寄って買おうという気が失せてしまった。350円で買うのが馬鹿馬鹿しく思える。だったら、車で通りかかって、200円で買うか?、というと、それももはや許せない。ただ、その看板に下に「但し、釣り銭お断り」と書いてあるので、一円玉や五円玉などの小銭ばっかりで200円用意して買ってやろうか、とか、一万円札を出して、「50個(パック)」、「釣り銭ないよ、ちょうど」と言って、からかってやろうかという気持ちはちょっとある。

(秀)