第930話 ■近未来事件簿・デノミ情報漏洩
最初の変化はまず株価に現れた。印刷関連、それに紙・パルプ関連の会社の株に急に買い注文が殺到し、軒並み高騰を見せた。それは特定の会社に集中するわけでなく、その業界、くまなく買われた。勘の良い証券マンたちはそこに何やら大きな変化を予測したが、それが何であるかを咄嗟に感じ取った者はほとんどいなかったに違いない。現に買われ続けている会社の当事者達も事態が飲み込めず、乗っ取りを目的とした買占めとして警戒するのが精一杯だった。
これらの連日のストップ高は3日間続き、4日目になってようやくその理由が世に知れわたった。「デノミだ!、デノミ。どうやらデノミをやるらしい」。この話の出所は定かではない。しかし、裏づけが取れない状態のままでも、十分なニュースバリューを持っている。印刷、紙といった会社の株価の高騰の理由がこれであるとすれば、それで信憑性は増す。財務大臣や政府関係者に意見を求めようにも、彼らは硬く口を閉ざすか、「ノーコメント」としか発しない。
これまでも何度となく、デノミ待望の声はあった。以前は、例えばドルに対して2桁違うというのが国際的に円が弱く見える、円の国際的な立場を向上させようという主張が主だった。これに対して、最近のデノミ待望論はインフレ待望論の具体的な方法論としてのものである。もはや現状のデフレや国の借金、それに銀行の不良債権を解消するには年二桁のパーセンテージペースでインフレを意図的に起こすしかないと目されている。
デノミ待望の声がありながらも、間近に控えた今回の新札発行でまたこの可能性は遠のいたと思われていたが、実は水面下で新札発行に合わせてデノミを行うことが決まっていたようだ。普通はデノミを告知して新札のデザインを発表するものだろうが、結果として偽のデザインを発表することで、世間を撹乱させ、秘密裏にこのプロジェクトを遂行する策を取ったのかもしれない。しかしこのデノミが本当だとしたら、その情報が洩れたことになる。新札の原版の下絵画が流出したらしい。そこには確かに福沢諭吉の肖像に「100」という数字と「百円」という文字が見られる。
その下絵が本当に財務省筋から流出したものかどうかを証明するものは何もない。首相は外遊から今日帰国する。夕方、帰国直後の総理が緊急で記者会見を行うとの情報をテレビが繰り返し伝えている。円の為替レートが急速に下がり始めた。インフレに備えて円を外貨へと交換をはじめた者が結構いたようだ。銀行をはじめとした金融機関から多くの預貯金が流出するもの時間の問題だろう。さて、自分はこれから来るインフレに対してまず何をすべきか?。じっと考えてみるが、…。
— この話はフィクションです。—
(秀)
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