第1294話 ■カラオケ

 私が初めてカラオケに接したのは、父が聞いていたラジオから流れてくる音楽だった。社会的な認知度はさておき、既にカラオケという言葉はあったようだが、そのラジオ番組には「歌のない歌謡曲」というタイトルが付いていたと記憶している。それから父は何枚かのLPレコードを買ってきて、歌のないその曲にあわせて鼻歌をよく歌っていた。現在のカラオケと決定的に違うのはボーカルの部分がサックスやピアノで奏でられていることと、曲のアレンジが異なっていて、歌うための曲ではないことだ。昭和50年代の初頭の話である。

 自分がカラオケで歌を歌うようになったのは大学に入ってからで、昭和60年となる。大学の側にある焼き鳥やなどで1次会を済ませ、2次会はカラオケの歌えるその店とほぼ決まっていた。歌うならこの店、といった感じだった。「のっぽのっぽ」というその店の店長は北の湖に似ていた。収容店員は50人くらい。歌いたい曲を本から探し、曲番号をメモしてカウンタに出す。こじんまりとしたステージがあり、イントロを聞いて自分がリクエストした曲をこのステージで歌う。

 カラオケボックスなるものが既に存在していたかもしれないが、私が利用するカラオケは酒を飲みながら歌うところで、小さなスナックやクラブにしろ、はたまた豪華なステージを構えた店にしろ、一般の客の前で歌うスタイルだった。だから混んでいるとなかなか自分のリクエストした曲が流れてこない。

 カラオケボックスなるものに接するようになったのは会社に入ってからのことなので、時代は平成となる。逆にこのボックススタイルが増えることで、ステージで歌えるような店はなくなってしまった。このように私の体験によるカラオケは昭和のステージと平成のボックスという風にここに大きな境目がある。

(秀)