第1367話 ■初めてカメラを買った頃

 かつて私は中学生の頃、カメラ少年だった。かと言って、田舎暮らしであるため、アイドルの追っかけなどではなく、地道にモノクロでの写真撮影に明け暮れていた。モノクロにこだわるのはお金がないからで、学校の暗室の他にも、家で夜の台所で現像や引伸ばしを自分でやって楽しんでいた。

 初めて買ってもらったカメラはオリンパスOM−1(New)で、下調べをせず、母親とカメラ屋に出向き、店員に薦められるままに決めてしまった。「写真をこれから本格的に楽しむにはマニュアル機が良いですよ」と。マニュアルとはカメラのファインダーに表示される露出計を元に、絞りやシャッタースピードを自分で調整して撮影するもので、結構面倒くさい。もちろん、ピントも合わせないといけない。カメラの技術がどんな状態にあるのか知らないための不幸であった。当時でさえ、世はまさに自動露出という、絞りかシャッタースピードの一方を決めれば、もう一方はカメラが決めて調整してくれる機種が目白押しであった。中には、絞りとシャッタースピードの両方をカメラが自動的に決めてくれる。プログラムAEなんてのもあった。

 OM−1と一緒に薦められたのはキヤノンAE−1だった。しかし、前述の店員の言葉が気になり、OM−1を選んだ。ちょっと、そっちの方が値段が安かった。ちなみに、AE−1はシャッター優先のオート機だった。標準レンズも一緒に買ったが、この標準レンズには明るさによって、値段が違うものが用意されているが、そんなことも知らずに明るい高い方のレンズ付きで買わされていた。オートとマニュアルで撮り方や作風が違っていただろうが、はたしてどっちを買った方が良かったのかは結局分からない。ただ、カメラを通じて知り合った人々の多くはキヤノン党だった。

 一眼レフカメラを手にすると、交換レンズが欲しいものだが、中学生にそれらを自由に買う金などあるはずもなく、専ら標準レンズのみでの撮影だった。マニュアル機に標準レンズ、それにモノクロフィルムと、何とも地味な組み合わせであるが、これが写真の基本を学ぶ上で、結果としては有効だったと思う。

 カメラの入手からしばらく、ある人づてに写真の引き伸ばし機を譲り受けた。モノクロ写真のネガを拡大して印画紙に焼付ける機械だ。だったらと言うことで、モノクロのフィルムが現像できるような道具も揃えた。これでもう、写真の趣味から抜け出れなくなった気がする。このことが良かったかどうかも結局分からない。ただ、カメラを通じて知り合えた人の存在などは、その時期、かけがえのないものだった。

(秀)