第1368話 ■目黒のさんま

 落語「目黒のさんま」をご存知だろうか?。主人公は、さるお殿様となっているが、中にはこれが将軍様(家光)と設定されている場合もある。しかしながら、暇でしょうがない主人公が暇つぶしで目黒に遠乗りする話としたら、参勤交代で上京している、お殿様の方が将軍様よりも日々退屈そうで、この話には適していると私は思う。ちなみに将軍様の場合は鷹狩りという設定になっている。

 今でこそ高級住宅街となっているが、当時の目黒と言えば、あたり一面田畑。そして鷹狩りが行われていたところから判断すると、野っ原も多かったようだ。そこへ退屈しのぎに馬でやってきたお殿様。ちょうど昼時になって、腹が減ってきたが、お殿様の気まぐれによる急な外出だったため、弁当が用意されていない。そこにどこからか、さんまを焼く匂いが漂ってきた。美味そうな匂いに、見たことも食ったこともない、さんまという魚にお殿様は興味津々。早速家来が匂いのする農家を訪ねた。

 今となっては、さんまを焼くとなると網の上と決まっているが、このときはたき火の中に生のさんまをそのまま突っ込んで焼く、「おんぼ焼き」というスタイルであったらしい。家来はこれを農民から買い上げ、大根おろしを添えてお殿様に献上した。旬に油ののりきったさんま。大根おろしをたっぷり添えて、しかも空腹であるから、これが美味くてしょうがない。焦げといい、油といい。家来が持ってきた十尾のさんまをお殿様はたいらげてしまった。

 屋敷に戻ったお殿様、あのときのさんまの味が忘れられないが、日々の殿の膳となると出てくる魚は鯛と決まっている。下の魚であるさんまが膳に出てくるはずがない。そんなある日、お殿様が親戚の家を訪ねることになった。もてなしが、好きな料理を出してくれる「料理勝手次第」とあって、お殿様はもちろん、さんまを所望した。しかし、下の魚なるさんまが用意されているはずもなく、早速日本橋の魚河岸に使いを走らせる。当時、江戸の魚河岸は日本橋にあった。

 まず、買ってきたさんまを3枚におろす。油が当たって殿がお腹を壊すといけないので、蒸してしまう。そして、骨が引っ掛かってはいけないと、小骨まで全部抜いてしまう。そして形の変わったさんまをつみれの団子にして、仕上げにあんをかけてしまった。

 殿の前に出されたのは皿に載ったさんまではなく、椀に入っている。蓋を取ると、かすかにあのときのさんまの匂いはするが、口に運ぶも、これがまずい。「このさんま、どこのさんまじゃ?」、「先程日本橋の魚河岸にて求めて参りました」。ここでさんまが取れたところが、房州であったり、品川だったりする。最後に一言、お殿様。「やっぱり、さんまは目黒に限る」と。

 今宵はビール片手に網で焼いた、さんまはいかがかな?。

(秀)