第1792話 ■日本一のひや

 現役若手落語家二人とともに、とある企画の作戦会議の席での落語談義。「分かりにくいサゲってあるよね」という話になった。私が思うに、大ネタで通常は全編通しではなかなか口演されない演目に多いような気がする。「品川心中」、「居残り佐平次」、それに「らくだ」。

 私はこの「らくだ」が結構ひどい噺であるが、好きである。落語で実際に聞くよりも前に映画の設定として、死人に「かんかんのう」を踊らせる噺であることを知っていたからかもしれない。落語は図体がでかく、らくだとあだ名されていた馬太郎がフグの毒に当たって死ぬところから始まる。らくだは粗暴で金払いが悪く、近所の者たちから嫌われ迷惑がられていた。

 らくだの兄弟分が弔いを出してやろうにも金がない。通り掛かった屑屋が巻き込まれ、通夜の酒と煮しめをケチる大家のところに、らくだの死骸を担ぎこんで、死人にかんかんのうを踊らせて迫るところが前半のヤマ場。この後、大家からせしめた酒を飲みながら、酒癖が悪く、大トラになった屑屋と兄弟分の立場が入れ替わったところで前半は終わり、普通はここまでで噺家は高座を下りる。

 この噺には続きがあるが、時間の関係から、後半まで語られる事は少ない。前編から通さないと意味が無いので、「子別れ」のように後半だけ掛かることはない。その後半であるが、兄弟分と屑屋がらくだの死骸を当時火葬場があった落合まで担いで行く噺。早桶(棺桶)など買う金などないので、これまた死人のかんかんのうで揺すり取った菜漬けの樽で代用している。たらふく酒を飲んだ二人はベロベロに酔って、途中転びながら、肩を換えて、どうにか火葬場に着いたは良いが、棺桶の底が抜けてしまっていて、らくだの死骸を途中のどこかに落としてしまっていた。

 慌てて二人で死骸を探しに行ったところ、願人坊主(がんにんぼうず)と呼ばれる、これまた酒に酔って道端に寝ていた、ニセ坊主のホームレスをらくだの死骸だと間違えて、菜漬けの樽に入れて、火葬場へと戻る。「やけに赤い仏だなあ」とか「さっきよりでかくなってないか?」という疑問はあるものの、火加減をみて、この願人坊主を火葬しようとする。

 ここで、これまでの通常のサゲでは、火に投げ込まれるときに、願人坊主が目を覚まし、「ここはどこだ?」と尋ねると、「日本一の火屋(ひや)だ」と答える。当時、火葬場は火屋と呼ばれており、落合は江戸の外れにあって、日本一の火屋だったのだろう。「ん?、冷や?、あ~、冷やでも良いからもう一杯」という台詞がサゲである。けど、自分が焼き殺されそうなときに、酒をねだっている場合ではないだろうというわけだ。

 最近はこれをアレンジし、願人坊主を火に放り込み、願人坊主が慌てて跳び起きて暴れている姿を見て、「仏さん、かんかんのう覚えちゃったよ」と周りが言うサゲもあるようだ。元サゲに比べると、こっちはさらにブラックであるが、落語的には面白いかな、という気がした。さて、目の前の若手はこれからどんな演じ方をするのだろうか?。

(秀)