第434話 ■善意について

 例の外務省報償費横領疑惑について、ついに外務省が内部調査の結果を発表し、事件はようやく警察や司直の手にゆだねられるに至った。これまで、横領した金額は二億円と伝えられて来たために過日のコラムではそれにそった形での金銭的価値の解説を行った。まずは問題の口座の内、五千四百万円の横領が明らかになったが、全体では二億円を上回るかもしれない。いずれにせよ、課税分や利息分を勘案し、彼が手にした金額は額面の二倍近くの労働収入に値することを忘れてはならない。

 外務省の発表の当日、下世話な駅売りのタブロイド紙には「愛人も流用」と見出しが付いていた。見せしめ、あるいは正義感のつもりであろう。泥棒の上前をはねていたのだからとんでもない奴に違いない。ところがこの金が公金であることを気付かずに(あるいは、気付いていない振りをして)彼女が使い込んでいたとなるとどうなるのだろうか?。毎月の亭主の稼ぎを浪費してしまう女房なんか世間的に珍しくないだろう。

 仮に横領した金額が二億円だったと仮定しよう。刑事罰の他にも裁判で民事的に返還請求が認められれば、元室長はこの額を弁済しなければならない。懲戒免職で退職金もなく、刑務所にぶち込まれる彼にこのような金額が用意できるはずはない。ならば、アケミという女に「自分の分だけでも支払え」と言っても、これが「私は元室長本人の金だと思って口座を管理し、そのうちから一部を使い込みました」と言われてしまえば、彼女は「善意の第三者」として罪を免れるかもしれない。法律で言うところの善意とは「法にふれるその事実を知らないこと」という意味で、この場合の行為は法的にとがめられないことになっている。

 金を手に入れるには、稼ぐか、貰うか、盗むしかない。盗んだ場合は即犯罪、貰うにしてもそれが盗んだ金であることを知っていれば、少なくともその分は返還しなくてはならないだろう。今回の事件は内部告白によって、公になったそうだ。元室長が相当やばいことをしていたであろうことを知る人は省内に他にもいたに違いない。うすうす感じていながらも饗応にあずかっていた同僚達にもアケミ同様の責任があるはずと思う。

(秀)