第465話 ■まだ十分じゃない

 来賓として近所の中学校の卒業式に出て来た。結構冷静になって式全体を眺めれば、式次第というのも、なかなか練られた構成になっている。国歌斉唱、学事報告に引き続き行われるのは卒業証書の授与であるが、やはりこの順番は正しい。卒業生一人一人が証書をもらうとなると、それぞれが主人公になる瞬間であるが、これを敢えて式のクライマックスに持って来ないところが良い。

 これを式のサビの部分に持って来てしまうと、第一に、間が持たない。変化と抑揚の少ない時間が式の後半に三〇分以上にわたって展開されるとなると場が冷めてしまう。そして第二には涙で泣き濡れた顔を彼らは晒さなくてはならなくなってしまうので良くない。やはりクライマックスは送辞や答辞、それに歌でなければならない。このサビは時間の尺もちょうど良い加減である。そして、実に素晴らしい卒業式だった。ただ心残りは「仰げば尊し」を聞けなかったこと。最近は「仰げば尊し」を歌わない学校が増えたらしい。残念なことだ。

 式の途中に自分の卒業のときを思い出していた。しかも、高校の時の。卒業証書は式が終わって、各教室でクラス担任によって手渡された。一人一人に声をかけながら担任は証書を渡し、私の時には私がマイペースでいつも前向きであることを誉めて頂いた。それに対し、無意識に私の口を突いて出た言葉は「まだ十分ではありません」、だった。

 「まだ十分じゃない」というのは、確か佐野元春の曲の歌詞だったような気がする。そのときから早十余年。齢を重ねた分ぐらいは成長したと思うが、あの時の気持ちは忘れないし、今も、まだ十分でない事には変わりない。おそらく、これから更に一〇年経とうと、二〇年経とうと同じ事言い続けていることだろう。けどそれは自分がまだ前向きである証拠だと思えれば良い。「まだ十分じゃない」。先生、僕は元気です。

(秀)