第477話 ■定年退職

 この3月に2件の定年退職に接した。1件は小学校の校長先生、そしてもう1件は会社の副部長である。校長先生にはPTAの役員らと送別の席を一席設け、平日にも拘わらず、日ごろ飲み歩くことの少ない奥様連中も引き連れ、日が替わるまで盛り上がった。そして、30日には小学校での辞校式でお別れの挨拶をしてきた。この両日を通して、「教師って良い商売だなあ」と思った。サラリーマンが転勤や退職の際にこれほど多くの人が別れを惜しんでくれることはない。先生にとって、生徒やその保護者はある種お客さんである。サラリーマンの場合、取引先が一席設けることは稀にあるかもしれないが、別れの場に花束等を持って、多くの人が駆けつけたりすることはまずない。これに対し、副部長の場合は定年後も再雇用として、しばらくまた、ともに仕事をするだけにお互いにさばさばしていた。

 送別会の席での校長先生に送る言葉は、「自分の場合、定年なんてピンと来ないんです」に始まって、「こんなに多くの人に集まってもらえるなんて、教師って良いですね」と言った。確かにあと25年すれば私も定年を迎えるわけだが、その頃は60歳よりも早い定年が一般化しているかもしれないし、実際はそのあとも多くの人が働いている世の中かもしれない。

 私の好きな劇団「ラッパ屋」の芝居の中に「うなぎの出前」というのがあって、その中で定年離婚が描かれている。亭主の定年退職を機に妻は離婚を告げ、男とともに去ってしまう。亭主はやけくそになって、退職金でポルシェを買って、キャバクラ遊びに興じる。一見悲惨に聞こえるかもしれないがそうではない、亭主はこれまでにないほど生き生きとしてくるのである。結局この芝居のテーマは「やりたいことをやれ」ということだったと思う。離婚した妻に対してもそうだ。定年などと言って、枯れてばっかりはいられない。その時、私はそれだけのエネルギーを持ち合わせているだろうか?。けど、やっぱり、私には今もってピンと来ない。

(秀)