第559話 ■片思いの美学(4)

 ~ 頬杖をつく女

 彼女の話にはもう一つ驚くべき点があった。同窓会の後日談と言われる話があまりにも筒抜けであることだ。ということは、今夜の自分たちのことも暫く後には彼女達の噂話のネタにされているかもしれない。しかし、何しろ10数年の念願叶ってのデートである。ためらっていられようか?。葛藤が始まる。

 酒のせいか、彼女は饒舌である。

 「実は3年前の春に付き合っている人と『結婚しようかな?』と思ったりしたわけ。お互いの親にも会ったりして。けど、マリッジブルーって言うのかな、『ここまで独身だったんだから』って、欲が出ちゃって」。

 結婚話の1つや2つ、30過ぎの女性にはあまり驚くべきことではない。

 「けど、条件が良かったのもそれまで。欲を出したがために、30過ぎるとパッタリ。合コンのパーティとかに行っても、こちらの気持ちが読まれているのか、近寄ってくるのは、金があってもオヤジばっかりなのよ」。

 「あの頃、私、秀野君が好きでさー。だから、その秀野君とこうして二人でいるだけで何か落ち着かなくってね。秀野君、私をなぐさめてー」。

 一気に胸の奥から言葉を出し終えると、彼女は大きな溜め息をついて、カウンターに両手で頬杖をついた。そうだ、思い出した。これが彼女の癖だった。
 そして、自分は昔も今も頬杖をつく女に弱いことを改めて確信した。
 もう、ためらってなんかいられない。心の中でアクセルを踏み込んだ。

 こんな田舎では、電車がなくなる時間まで時間を稼いで、お互い帰れなくなってしまったことを口実に夜をともにするような作戦は取れない。二人とも電車でここには来ていないし、そもそも田舎の電車は既に終わっている。
 それに、タクシーで送る振りをして部屋に上がり込もうにも、田舎に、そう一人暮らしの女性はいない。彼女も親と同居しているようだ。

− つづく −
(もちろん、フィクション)

(秀)