第831話 ■モーラ

 世に「子供騙し」という言葉が存在するが、まさにその極みというようなおもちゃだった。テレビCMを見て、くねくねと動くその不思議な物体を見て、すぐに近所に住む、達ちゃんと一緒に街まで出かけて買い求めた。オレンジ色で15センチ位のイタチかきつねみたいな長細いぬいぐるみのような物体である。昭和50年頃の話で、値段は350円とか380円とかぐらいだったと記憶している。

 スーパーのおもちゃ売り場にはたくさんのモーラが並べられていた。早速これを買い求め、家に帰って箱を開けると、中からモーラと遊び方の説明書、それに細い釣り糸のようなものが出てきた。このおもちゃを買い求めた動機はCMを見て、「どうしてあんな風に動くんだろう?。不思議だなあ?」、という点でしかない。そして何の疑いもなくモーラは勝手にそう動くもんだと思って買った。疑ったのは、「電池いるのかな?」ぐらいである。それなのに中から出てきた透明の糸。いたいけな少年の夢は脆くも崩れ去った。

 こんな仕掛けだと分かっていたら買うはずはない。おもちゃ売り場には見本として実際に触れるものをおいていたりするが、モーラの見本など置いていなかった。当然のことだろう。二人一緒に買わずに、どちらかが先に買って様子を見ていれば我々の被害は半分で済んでいたかもしれないが、そこは子供である。一緒に行ったからには一緒に買いたい。当時インターネットがあったら、私はこの種明かしをして、小学生といえども、ネットによる不買運動をやっていたことだろう。

 この時点で既にふて腐れてしまっている。しかし買ったからにはとりあえず遊ぶしかない。説明書では糸の一方をモーラの鼻先に結び、もう一方を手に持ったり、ボタンに引っ掛けたりして、モーラを生き物のように動かすやり方を紹介していた。これはステッキが宙で踊るような手品のテクニックのさわりである。こんな子供騙しに引っかかるような子供がこの技を習得できる訳がない。家族にやって見せたらすぐばれてしまい、買ったその日におもちゃ箱の奥の方に押し込められた私のモーラは、二度と日の目を見るに至らなかった。

 休日の繁華街に出ると、路地で外人が変な紙人形を売っていることがある。Jackという名前を付けられた、このピエロの格好をした紙人形は人の声に反応し、ジャンプしたりお辞儀をしたり、踊ったりしている。1つ500円。手品用の極めて細い糸をもう一人の男が操っているに違いない。子供じゃないのでもう騙されない。

(秀)