第697話 ■引っ越し便乗商法

 新しいマンションができて、多くの入居者が引越しをしてくるような週末となると、玄関付近でマンション販売会社の人々が出迎えをする姿がよく見受けられる。そしてその横には怪しげな風貌の男たちが会議机を並べていたりする。彼らは近所の新聞販売店の店員である。机の上には洗剤やごみ袋などが載っている。そして側には新聞配達マシン「カブ」号が横着けされている。もちろん、販売会社には何らかの手土産をもって承諾を取り付けての出店なのだろう。

 新居の購入と引越しの諸々で出費が多いときではありながらも、さすがに新居への入居日とあって財布の紐は緩い。洗剤やごみ袋も引っ越し直後に必要となるアイテムとしてまさに良いタイミング。ましてやどうせ新聞はとろうとしている人が多いはずで、中には「○○新聞でなきゃダメ!」と言う人もいるかもしれないが、豊富な品揃えのその販売店は結構な確率で契約が獲得できているようだ。もちろん、私の場合は断ったけど。

 同様のセールスはその後も後を絶たずにやってくる。引越し荷物がようやく運び込まれて、開梱しようか、というときにインターフォンが鳴った。初のオートロック対応とあってちょっとうれしいし、そのせいか、警戒心もなくドアを開けた。現れたセールスは換気扇のフィルター屋だった。巧みで怪しい口上で迫ってくる。消火器のインチキ販売が「消防署の方から来ました」と、確かに方角はそうかもしれないが、「それは違うだろう」、といった類である。最初は換気扇メーカーの人がフィルターを付けに来たのだと思った。

 早速、その男は換気扇のカバーを取り外し、持ってきたフィルターを付けようとする。ところが換気扇のカバーのネジが手では外れない(硬くしまっていなければ手で回せるようだが)。「ドライバーをお借りできますか?」なんて言いやがる。とりあえず、ドライバーを貸して作業を見守るがドライバーを回す手が何ともぎこちない。持って来たフィルターは枠に磁石が付いていて、それで貼り付けるだけの非常に簡単なものだった。「これなら奥様でも簡単に取り替えることができます」というのが、これまたセールストークのようだ。

 ところが外した換気扇のカバーは行き場がなく、「それは使用しませんので、片付けておいてください」と言いやがる。それに、ファイルターの代金は2年分一括で8,000円などと言いやがる。自社のフィルターを付けるのに、カバーを外してしまい、そのカバーを使用しない換気扇を設計するメーカーが果たしてあるだろうか?。作業服を着ていながら、ドライバーも持ち歩かないのもおかしい。よくよく話を聞くと、「換気扇のメーカーではなく、換気扇に合うフィルターを作っているメーカーだ」と言う。あまりの馬鹿馬鹿しさに「それならいらないから、元に戻して帰ってくれ!」と叱責してやった。彼を玄関まで追い立て、外に出ると、同様にフィルター売りが何人もいて、財布の紐が緩んだ入居者から巧みに金を巻き上げている姿を見た。

(秀)