第1260話 ■放送と通信の融合は遠い

 最近のパソコンは一所懸命、テレビになりたがっている。技術的にパソコンにテレビチューナー機能を付けることはたやすいが、「テレビを見ることができる」ことと「テレビとして見る」ことの間には大きな溝がある。パソコンでテレビを見る意義が弱い。一方、テレビがパソコンになろうという感じはない。それは、通信が一生懸命、放送に擦り寄っているが、逆はまったくその気がないのと丁度同じ関係にある。テレビを見ながら番組のサイトを見られる程度のことが精一杯といったところか。

 昨年のライブドアによるフジテレビの買収騒ぎや楽天によるTBS買収において、買収を仕掛けた側は「放送と通信の融合」なんてことを言っていたが、その計画の具体例は非常に貧弱だった。「テレビの視聴によってポイントを与える」なんてのはこじつけというかあまりにも融合の度合いが遠かったし、相乗効果など期待のイメージもわかない。そもそも資本関係を持つことの意味がなかった。単に彼らは放送というメディアが欲しかっただけだと思う。

 通信という面ではビデオ・オン・デマンドというのがある。しかしこれがなかなか普及しない。一部、無料のコンテンツを提供するサイトでは多くの会員を抱えるに至っているが、CMの広告収入によるこのスタイルはビジネスモデルとしては新しいものではない。また、そのCMもコンテンツ別にその人に有効なもの選別して流している感じでもない。ユーザの視聴を有料化してビジネスを維持できる内容とは到底言えない。この分野で唯一有料化が成り立っているのはH系のコンテンツのみではなかろうか?。

 やはりコンテンツの善し悪しが全てである。ビデオ・オン・デマンドが普及するにはこの点が欠かせない。例えばレンタルビデオ店で新作映画がリリースされるのと同時にビデオ・オン・デマンドで視聴ができるほどでなければ。そうすれば貸出中や返却の必要も、延滞の危険もないビデオ・オン・デマンドのスタイルは一気に普及することだろう。経営側も店舗が要らないし、人件費も要らない。

 結局いずれも模索の段階でしかない。将来像はあっても、そこに至るまでの具体的な過程がはっきりしないままイメージだけ先行していて、現状は中途半端な状態にある。放送と通信の融合はまだ遠い。

(秀)