第1588話 ■天気予報と時報

 子供の頃、運動会や遠足が近づくと177に電話して天気予報を聞いたものだが、今やその機会もなく、ほとんど衰退しているのではなかろうか?。テレビでは週間予報を発表しているし、パソコンでは好きなタイミングでこれらを参照できる。そしてここに来て、テレビのデジタル放送でのデータ放送という手段も加わった。

 今思い出してみると、電話での天気予報は「好きなときに」という有効性を持ったものだった。当時の天気予報は新聞や夕方以降のニュースで扱っているものぐらいしかなかったから。やはり、必要な情報は知りたいときに知りたいというニーズは大きく、その発展形がパソコンやテレビでのデータ通信になったと言えよう。また、天気の情報は時間の経過とともに変化するコンテンツであるため、その時々に確認を行う意味がある。

 一方、電話での117、時報を聞かなくなってから久しい。その用途は時計を正確に合わせるためというのが多かったと思うが、今では電波時計が普及するようになって、腕時計などはそれを見ながら合わせれば済むようになってしまった。しかも、クォーツ時計となると、一旦合わせてしまえば、それほどズレない精度を持っている。

 177と117。似て非なるものだが、市場からの存在意義が薄れていく状況は結構似ているように思える。固定電話よりも携帯電話の数の方が増えて、その携帯電話を見れば、正確な時刻が分かるし、そこには天気予報が表示されていたりする。Webで確認することもできる。ますます、電話での天気予報と時報がいらなくなってしまっている。もはや過去の遺物か?。

(秀)