第1766話 ■否認裁判

 久しぶりに地裁の支部で刑事裁判を傍聴した。開廷予定として掲示されている罪状は「自動車運転過失致死」とある。この日が公判の初日である。被告人の名前は女性であった。しかも年輩の感じの名前だ。法廷の中に入ると前の裁判が長引き、裁判官の交代もないので、区切りがない感じ。女性が弁護人の指示で被告人席に座り、裁判官の「開廷します」との声で始まった。既に被告人は保釈されているため、手錠をはめられているわけでもなく、身綺麗な感じだった。被告人質問で、被告人は60歳を過ぎた、会社役人であることが分かった。

 起訴事実の内容は、ざっとこんな感じである。その日の夕刻、片側2車線の国道6号線左側車線を普通乗用車に乗った被告人が法定速度内、時速約50キロで走行していたところ、同車線前方に道路工事箇所を認め、右側車線に進路変更をしたところ、右側車線の後方から大型トラックが法定速度を超過した、時速約70キロで走行していて、このトラックと被告人車両が衝突した。その衝撃で被告人の車両は制御を失い、道路工事の作業員に衝突。この作業員は被告人車両と工事車両との間に挟まれ、外傷性ショックで死亡した、というものである。

 起訴状朗読に続く罪状認否で、被告人は「事故により被害者を死亡させたことは事実ですが、起訴状にある、『車線変更の際の注意を怠った』ということはありません」と、起訴事実を一部否認した。その直後、裁判官が弁護人に意見を求めると被告人の意見に同意し、「自動車運転過失致死罪の構成要件となる、過失が認められません。よって、被告人は無罪です」と力強く答えた。検察官はややくたびれた感のおじさん1名に対し、弁護人席には3人も座っている。こちらは若さと勢いがある。全面対決の幕開けである。

 続いて、検察官が用意した証拠調べであるが、弁護人は関係者の調書の多くに信用性の面から争うということで、これらを証拠として採用することに、「不同意」と回答した。刑事裁判では双方が同意したものについてしか、証拠として採用されない。ここで裁判官が弁護人に対して、「一旦、同意して証拠採用し、その検証過程で信用性を争うのではどうか?」と促し、これらも証拠採用が決まった。早速、これらの証拠を検察官が示すわけだが、覇気がなく、言ってる言葉が良く聞き取れない。ポイントは過失があったのかどうかだが、調書によると、取り調べの過程で被告人は自分に過失があったと述べていた。これを裁判でひっくり返そうとしている。

 ここでもう一方のトラックの運転者は悪くないのか?、という思いが出てくる。検察が示した証拠の中にこの運転手の調書も含まれていた。検察側、弁護側ともに、被告人が車線変更を開始した際のトラックとの距離は約34メートルとしていた。被告人の車両も時速約50キロで走行していたわけだから、この程度の車間距離であれば、十分車線変更は可能だったと思われるし、急接近した場合でも後方車両が軽くブレーキを踏み込めば、事故は回避できたものと思われる。

 普通乗用車とトラック、さらにトラックの方のスピードが勝っていたのだから、当然のごとく乗用車がはじかれてしまった。そしてその位置に被害者が居て、死亡させてしまった。運が悪かっただけで片づけてしまうことは、被害者にも被告人にもできないことだが、第三者から見たところでは、あまりにも不運だったと思えてならない。

 弁護側はトラック運転手の過失を証明し、被告人を無罪とする戦法のようだ。このトラック運転手が次回の公判に検察側の証人として呼ばれることが決まった。調書では被告人の車両が無理矢理割り込んできたと言っていたが、これを弁護人が反対尋問で証人を挑発するなどして、うまく被告人に有利な証言を引き出せるかがポイントである。はたして、無罪の判決は出るのだろうか?。交通裁判は飲酒運転など場合を除き、本人の故意ではなくても加害者=被告人になる可能性がある、と思うと他の犯罪の裁判とは一線を画している。

(秀)