第732話 ■Rooms

 「丸井百貨店」。その名前は田舎に住んでいたときからもコント赤信号の「丸井だぜ!」というネタとして知っていたが、実際にその姿に触れたのは上京して間もなくのことだった。それから私にとっての渋谷のイメージは丸井の赤い看板になってしまった。

 会社の寮の談話室で、DMで送られて来るであろう丸井の小冊子を拾い、部屋に持ち帰って読んだ。何ともセンスの良い、雑誌張りのその小冊子に丸井の魔力を感じた。丸井は割賦販売をベースにした販売スタイルを取っている。値札にも分割した場合の月々の返済額を表示していたりするものもある。会社に入ってしばらくはずいぶん世話になった。

 丸井のこの割賦販売方式というのは非常に科学的な顧客管理手法によって支えられている。例えば月々5,000円の分割払いがもうすぐ終わりそうな人にDMをうつ。そもそも毎月この5,000円は手元から消えていたはずなのだから、それでまた別のものを買ってくれる確率が高いというわけである。私が談話室で見つけた小冊子もきっとその一つだったに違いない。

 5年くらい前だろうか?。テレビのドラマとドラマの間のニュースや天気予報が流れる5分程度の間に「Rooms」という丸井が提供の番組があった。上京した一人暮らしを始めたであろう部屋の窓から東京の街を臨んだ映像に留守番電話の音声が流れる。番組の視聴者が局が用意した留守番電話にいろいろな伝言を残し、それを放送で流す。ピーッという発信音に続いてどことなく不明瞭な音声で彼らのメッセージが流れてくる。一人暮らしの不安、バイトの話、今日出会った人の話、失恋した話。誰かに聞いて貰いたいようなことを電話に向かって話す若者達。東京らしい、また上京した当時を思い出して、ちょっと切なくなる番組だった。

(秀)