第891話 ■ロケット鉛筆

 私達は当時それを「押し出し鉛筆」と呼んでいた。商標なのかどうだかは未確認であるが、世間的にはロケット鉛筆という呼称の方が一般的かもしれない。プラスチックの軸の中に、プラスチックの土台と鉛筆の芯が一体になった替え芯が10個入っていて、そのそれぞれの形状がロケットのような形をしていた。先頭の芯を抜き取り、それを軸のお尻のほうから押し込むと中の芯が押し出されて、また新しい尖った芯が顔を出すという構造の鉛筆だ。確か一本30円だったと思う。先頭には半透明のキャップが付いていた。

 そもそもどういういきさつでその鉛筆を手にしたかを覚えていない。ただ、それを買い求めた動機に思い当たるふしはある。当時私は自分の勉強机というものを買ってもらえず、こたつか夕飯が終わった飯台、もしくは床に寝そべって宿題を済ませていた。友達の家には立派な学習机があって、そこには内蔵型の電気スタンドや電動鉛筆削りが付いていた。宿題が終わったら明日に備えて鉛筆をといでおくものらしい。机に座っていて、目の前の鉛筆削りに鉛筆を入れるだけで簡単に削れてしまうのであれば、それはごく当たり前のことであろう。私も小学校に入るときに電動鉛筆削りを買ってもらったが、それを使うには階下から持って来て、箱から出して、コンセントに繋げねばならない。後片付けも必要だ。こうなると削っている手間よりも準備と後片付けの方に要する時間の方が長い。

 そんなときに削らなくても良い鉛筆というのは魅力的だった。面白がって、必要もないのに使ってみる。先が丸くなったので、先端を抜きとり、軸のお尻からぎゅっと次の芯を押し出す。この手軽さが嬉しい。しかし困ったことに芯はすぐに丸くなってしまう。それなのに芯は10個しかない。どのくらいで芯を替えるべきか悩む。鉛筆なら迷うも何も削ってしなえば良いし、10回削って終わり、というようなこともない。一通り使ってしまうと今度は中からあまり丸くなっていないものを選んで使おうとする。しかしずっと使っていると、あまくなって、ちょっと力を入れただけで芯がへこんでしまうようになる。

 やがて熱は冷め、ロケット鉛筆のブームと前後して、小学一年生ながら、私はシャープペンを手にするに至った。当時、シャープペンはまだそれほど子供の間には普及しておらず、シャープペンを持っているのは、クラスに私と私に感化されて買ってもらったもう一人だけだった。芯が12本で100円と高かった。それでもロケット鉛筆に比べれば格段の進歩である。早川徳次氏に感謝。(早川徳次って誰?)

(秀)