第597話 ■ぴあMap文庫

 上京したての者にとって、最初に習得しなければならない能力は「電車に乗ること」だろう。恥ずかしながら、上京するまで首都圏にこれほど多くの路線があるとは知らなかった。高校の時の地図帳を開いて、首都圏の拡大図を見ても、そこに地下鉄の路線は書かれていない。正直なところ、私鉄路線はもちろん、JRの京浜東北線さえ知らなかった。初めて聞いた時、東北地方の路線だと思った。

 初めて上京した際、会社の寮が東急の沿線であった。上京した日は雨で、まず駅そばのコンビニで傘を買った。ファミリーマートも初めて見た。その後一旦寮にたどり着いて、またこのコンビニに戻り、当座の生活に必要なものを買う。洗面器、洗濯バサミ、コップ、etc…。とにかく身軽に出て来たので、こんな物も買わなければならない。そして、雑誌のコーナーで「ぴあMap文庫 ’89年版」を発見した。

 その名の通り、文庫本サイズのその本は、まずページを開くと見開きで首都圏の全路線図が載っている。これはありがたい。すぐに自分が今いる駅を探した。ページをめくる。そこには渋谷の地図が載っていた。その次は新宿だったか?。早速、この本も買った。ご存知ない人に説明すると、「ぴあ」とは首都圏のコンサートや映画などを紹介した、隔週発行のイベント情報雑誌である。この会社は雑誌とタイアップでチケットの発売などもやっている。「ぴあMap文庫」はその別冊である。

 後から気が付いたが、文庫版だけでなく、普通の雑誌サイズも出ていた。でかい方が見易いだろうが、コンパクトな方が私にはうれしかった。コンパクトだからと、出掛けるときに持ち歩いたわけではないが、出掛ける前日にはそのページを入念に見た。出掛けた先で迷子になった場合は、本屋に飛び込み、この本で助けられたこともある。上京人のバイブル。毎年春先に改訂されるので、翌年も買ったが、あまり使うことなく、その年で無事卒業できた。

(秀)