第996話 ■正門の前

 小学校の正門を出たところにときとして物売りのおじさんが待っていたりする。割りときっちりした身なりの場合は教材の販売だ。問題集申し込みの封筒を配っている。子供が金を持っているわけでなく、「明日ここで販売しているからね」と声を掛けながら封筒を配っている。決まって、封筒には「おうちのかたへ」という文字が印刷されていた。

 かつては学研の科学や学習が学校で教職員の手を経て注文を取っていた時期があったらしい。しかし、授業で使うわけでもなく、ある企業に肩入れするのはいかがなものかと見直されたようだ。あいにくこの時期を私は原体験として知らないが、前述の問題集は低学年のときには担任の先生がホームルームのときに封筒を配っていたような記憶がある。あたかも学校が推奨しているかのように見えるのが良くなかったのでこれも見直されたのではなかろうか。この他には映画の割引券を配っていたりした。さすがに漫画なんかに出てくる、「ひよこ売り」のような妖しいものはなかった。

 そしてある日、機械式の簡易計算機のようなものを売るおじさんが現れた。おそらくあれは九九の計算機だったと思う。トイレットペーパーの芯ほどの円柱形である。それをカチカチと回すと九九の問題と答が現れるギミックのものだった。値段は300円ぐらいだったような気がする。色もちゃんと男の子用の青と女の子用の赤が用意されていた。しかし、こんな物売りに引っかかるのは大体が男の子で、女の子は、ちびまるこちゃんぐらいではなかろうか?。

 家が近い子は一旦家に帰って、親からお金を貰って再度やって来る。知った友達が買うと、おじさんではなく、今度はその友達に人垣ができる。カイカチと友達がやって見せる。「うぉー!」。当たり前だって。そんな複雑な機械ではないし、さっきおじさんがやって見せた通りじゃないか。私は家が遠かったので、確かに欲しいが、金を取りに帰るほどのことまではしない。「明日もいるからね」とおじさんと言うから、その言葉に安心し、明日買おうと心に決め、家路を急ぐ。

 翌朝、クラスで二人ぐらいが例の計算機を前日に買っており、学校に持って来ている。その瞬間にすっかりそのことを忘れていて、お金を持って来ていないことに気が付く。放課後、約束通り昨日のおじさんが正門前にまた計算機を並べていた。「おじさん、明日もまた来る?」。「明日はもう来ないよ」。わが人生、こんな事が結構多い。

(秀)